<目次>
・久々のロシア(このページ)
・ペトロザヴォーツクへ
・キジ島の伝統的木造建築物群



 久々のロシア


ロシアは僕にとってトランジットする国だった、かつては。昔は随分アエロフロートのお世話になり、トルコその他中東方面へ向かう際、モスクワのトランジット・ホテルに宿泊することもたびたびだった。でも、ロシアには入国しないのでビザは必要ない。ウズベキスタンやカザフスタンなど、旧ソ連邦から独立した国を訪問したときも、モスクワでトランジットした。しかし、この時はモスクワで空港間の移動をしなければなず、ビザが必要で、さらに、旧ソ連崩壊直後の時期で、ウズベキスタン・カザフスタンにもロシアのビザで入国が許可されるという不思議なことになっていた。(ウズベキスタンではウズベクのビザが必要といわれ、結局、空港でビザをとることになったが)

さて、2009年の夏である。かつては、ロシアは自分にとってそれほど魅力的な国ではなかったのだが、その数年前、長い名前の木造の教会のことを知り、いずれ行かねばと思うようになっていた。その教会は、ブレオブラジェーンスカヤ教会。一回読んだり聞いたりしただけでは絶対覚えられない名前だ。というか、旅行計画を立てている最中も、旅行中も、訪問後もついに覚えられなかった。

実にユニークなというべきか、すごいというべきか、実際に現場で見てみたいと思わずにいられない建築物で、2009年の夏はここへの訪問を軸に旅行計画をねった。

この教会は、フィンランドと国境を接するロシア連邦カレリア共和国のオネガ湖に浮かぶキジ島というところにある。最寄の街は同共和国の首都ペトロザヴォーツクで、サンクトペテルブルクから鉄道で7~8時間のところにある。サンクトペテルブルクへはヘルシンキから鉄道で6時間半くらい。モスクワから入ることも考えたが、久々で国際列車に乗ってみたかったし、エストニアに寄るにもヘンルシンキからの帰国が都合がよさそうなので、ヘルシンキ・イン、ヘルシンキ・アウトとした。

色々考えてた結果、ヘルシンキ・イン、ヘルシンキから鉄道でサンクトペテルブルクへ移動、鉄道でペトロザヴォーツクへ移動(キジ島観光)、鉄道でサンクトペテルブルクへ移動、バスでエストニアのタリンへ移動、船でヘルシンキへ移動、ヘルシンキ・アウト、という移動も楽しめそうな旅程ができあがった。



ヘルシンキ空港からバスでヘルシンキ駅へ出た。こじんまりとした駅で、木製の重い扉が印象的。翌朝の出発が早いので、ホテルは駅前にとっておいた。


ヘルシンキ7時発のサンクトペテルブルク行きの列車に乗車(チケットは日本で手配)。

列車はぼぼ定刻で出発。2時間少し走ったところで、両替のワゴンが通った。さすが国際列車というべきか。サンクトペテルブルクのホテルは駅から徒歩圏内なので、向こうについてからすぐにルーブルが必要になるということはないだろうが、念のために若干のルーブルを購入しておく。

するとまもなく、フィンランド側のイミグレーションの係官が来て、パスポートチェック。さらにしばらくして、ロシア側のイミグレーションと税関の係官がやって来た。税関の方はほぼ素通りで、イミグレーションの係官が乗客たちからパスポートを預かっていった。

国境のロシア側の駅でかなり長い停車して、入国スタンプの押されたパスポートが乗客に返却された。



サンクトペテルブルクのフィンランド駅。ロシア時間の14時15分(フィンランド時間にプラス1時間)に到着。


さて、ロシア旅行の開始である。ロシア・ビザの発給をうけるには、基本的にはすべての旅程が決まっている必要がる。ということで、ここからは前もって決めておいたルートを決めておいた日程で動いていくことになる。滞在都市内における一日の行動は自由だが。

ホテルに荷物を置いた後、すぐに街歩きに出た。

地下鉄に乗って向かった先は血の上の救世主教会。アレクサンドル2世が暗殺された後、息子アレクサンドル3世が、父の死を悼み父が殺された場所の上に建設した教会だ。19世紀から20世紀にかけて建設された教会で、それほど古い建物ではないが、そのいわれよりも、自分にとって関心があったのは、やはりそのロシア風の形だ。そばを流れる運河も風情がある。



奥の建物が地の上の救世主教会。



エルミタージュ美術館前の宮殿広場。



エルミタージュ美術館。この日は外から眺めるただけ。



血の上の救世主教会近くの街角。窓と窓の間に絵がずーっと展示されている。



珍しく飯写真を。この日の夕食はビーフストロガノフ。サクトペテルブルクのストロガノフ家の家庭料理に由来するとか。味はう~む、という感じ。


ところで、ロシア全体でいえることなのか、サンクトペテルブルクだけなのか知らないが、地下鉄のホームが非常に風変わりだった(日本人的感覚からすると)。
日本でも最近、ホームからの転落事故や、列車との接触事故を防ぐため、ホームにドアが設置されている場合があるが、サンクトペテルブルクのそれは日本のもととはまったく違っていて、ホームは広い地下通路という感じで、その通路の左右にたくさん重厚なドアが並んでいる。そのドアはもちろん自動ドアで、電車が到着するとそれが左右に開く。電車が到着するまで、乗客は、そのドアの両側にわかれて壁に沿って並んでいた(地下鉄構内は写真撮影禁止なので残念ながら写真はありません)。



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