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北海道の大地震と電気2

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先日、北海道の大地震と電気と題して、感じたことを少し書いたが、その後、今回の北海道全域におけるブラックアウトに関する報道や関連記事などが出てきて、それを見ると、やはり規模の大きな発電所に依存する体制は危ういということは確からしい。

また、津軽海峡をはさんでの本州と北海道間の電力融通体制もとても脆弱で、これを増強するには莫大なコストがかかるらしい。

今回の停電からの復旧で古いあまり規模の大きくはない発電所が大きな役割を果たしたが、今のところの大きな流れとしては、巨大出力を持つ発電所を建設してそれに依存する体制へ向かおうとしているということも、何となくわかった。

しかし、現在の北海道における電力供給のあり方が今回のブラックアウトを引き起こしたのであれば、根本から再構築してもらいたい。

今回のような事態が真冬に起きていたら、と想像すると本当に怖い。

北海道の大地震と電気

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9月6日の未明、北海道の胆振地方東部を震源とする最大震度7の大地震が発生した。

札幌、東京往復生活を送っているが、地震の日、自分は東京にいた。

札幌の震度はマチマチだったが、実家がある区は震度6弱と、実際に経験すると精神的なショックの残るものだったと思う。

実家では食器棚が倒れて、たくさんの食器が破損したが、幸いそれ以外目立った被害はなかった。

ただ、今回は停電が長引き、実家の電話は電源がないと機能しないものだし、母親の携帯は充電切れということで、しばらく連絡ができなくなってしまった。

停電は地震があった地域のみではなく全道に及んだ。

震源地に近い厚真の火力発電所への依存が高く、そこが駄目になってしまったため、影響が全道に及んだということだ。

厚真の発電所の耐震構造や送電網などにも問題があり、また、本州からの電力の融通のシステムも脆弱のようだが(詳細は把握してません)、今回のことを教訓に北海道の電力供給システムを再構築する必要があると思う。

素人考えだが、大きな出力を持つ発電所への依存が一番の問題だと思うので(どこかの地域の電力供給をストップさせて全道的なブラックアウトを回避するというシステムを機能させるという方法もあるようだが、特定の発電所への依存度が高ければ、電力供給を止めなければならない地域を増やさざるを得ず、あまり良い方法とは思えない)、北海道各地に中・小規模の発電所を設けて(再生可能エネルギーを利用したものが理想的だと思う。また、札幌圏はある程度大きな発電所が必要かもしれないが)、電力の地産地消的なものを構築していくのがよいと思う。

北海道をいくつかのブロックに分けて、各地の電力はその近場で賄い、どこかのブロックで今回のような問題が発生した場合、ブロック間で電力の融通を行い(そのための送電網などの整備も必要か?)、急激に電力不足になるのを防止し、ブラックアウトを未然に防ぐのだ。

電力が利用され始めた明治後期、さらに大正期くらいまでは送電技術が未熟だったため、発電所と電気の消費地域は近接していた。送電技術が発達した結果、大きな発電所をどこかに設けて、そこから都市をはじめ、遠隔地に電力を送る形になっていったのだと思うが、また、昔のような形にもどるのは案外良い方法だと思う。ただ、発電技術は進歩しているので、明治後期・大正期と同じというわけではないと思う。

LGBTについて無知だったかつての自分を恥じる

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自民党の杉田水脈(みお)という衆院議員(比例)が月刊誌への寄稿で、同性カップルは子供を作らない、つまり『生産性』がないが、そこに税金を投入することが果たしていいのかどうか、という趣旨のことを書いて大きな批判を浴びている。

これはLGBT(レズビアン・ゲイ・バイセクシャル・トランスジェンダー)差別であるばかりではなく、人間の価値を生産性の有無ではかるというもので、とても容認できるものではない。このような考え方は、さらに押し進めて考えると、国に貢献できない人間には価値がないということになってしまう(個人よりも国家を優先するという国家主義)。

このような考え方を発した議員に対して、自民党としては容認しているようだ(今のところ党としてこれを問題視し謝罪・杉田議員の処分を行うなどの行動はなされていない)。

昨晩、上のような問題に対する抗議行動が自民党本部前で行われ、自分も参加してきた(急な呼びかけにもかかわらず5000人も集まった模様)。

そのなかで何人かのLGBTの方がスピーチをされ、LGBTに対する差別、無理解、無知・無理解から来る言動、そして何よりもLGBTの差別を禁止する法律がないことが、どれだけ彼ら・彼女らを生きにくくしてきたのかということなどがかなり赤裸々に語られた。

思えば、かつての自分もLGBTについてまったく無知だった(近年さまざまなメディアで取り上げられることが多くなって、ようやくきちんと知るようになった)。

無知だったからといって許されるわけではないが、自分が関わった人々のなかに、おそらくいたであろうLGBTのかたがたに対して、話をするなかなどにおいて(直接会話はしていなくても)、その心を傷つけてしまったことがあると思う。

まったく恥じ入るばかりだ。

7月下旬~8月上旬の東京の気候が「温暖」なわけないだろう

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ネットで「マジか?」という情報を目にしました。

それは、2020年のオリンピックに東京が立候補した際、(2013年1月)招致委員会がIOCに提出した立候補ファイルというものに、東京オリンピック・パラリンピックが開催される日程について「この時期の天候は晴れる日が多く、且つ温暖であるため、アスリートが最高の状態でパフォーマンスを発揮できる理想的な気候である」というものです。

2020年のオリンピックは7月24日~8月9日、パラリンピックは8月25日~9月6日という日程での開催が予定されています。

この時期が「温暖」?

いつから「温暖」という言葉の意味が変わったのでしょうか?

変わってはいないようです。

「アスリートが最高の状態でパフォーマンスを発揮できる理想的な気候」とありますから。

じゃあ、なんなんだ。立候補ファイルにある、この文章は。

「そのホテルは廃業した(実際は営業していたーさすがにひっかかりませんでした)」「そこはとても歩いて行ける距離ではないから俺のタクシーに乗れ(まだネットが発達していないころ地図なしで初めての街に入ることも多かったのですが、いざタクシーに乗ってみると徒歩で10分もかからない場所だったということがありました)「その情報は古い。今は〇△だ。(実は古い情報ではなかったーこの手のものにも引っかかったことはありません、あまりに見え透いていますから)」

海外(特に途上国)で客引きとかに、そんな嘘をつかれることがけっこうあるのですが、東京オリンピックの時期が「温暖」だなんて、まったくそのレベルの嘘ではありませんか。唖然としてしまいました。

しかしネット情報です。フェイクかもしれません。

ということで、TOKYO2020の公式ページをみてみました。そうしたらちゃんとあるではありませんか(以下のリンク→2013年1月7日、東京2020オリンピック・パラリンピック招致委員会が国際オリンピック委員会(IOC)本部に提出した立候補ファイル第1巻テーマ2「大会の全体的なコンセプト」の最初の方にある"2020年東京大会の理想的な日程"というところ)

嘘をついても招致に成功してしまえば、ということなのでしょうか?

もう無茶苦茶です。

しかし、そんな途上国の客引きが観光客相手につく嘘と同じレベルの嘘にだまされてしまうほど、IOCの委員は日本についての知識がなかったのか? 

僕が高度プロフェッショナル制度のような条件で働いていたこと

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高プロはまだ導入されていませんが、すでに高プロ同様の労働条件になっている職業があります。それは教員です。中学の教員のブラックぶりの報道を目にすることも増えています。

公立学校の教員は一般公務員より若干賃金が高く設定されいます。しかし、その代わり残業代はなしです。

社会人になってからほとんどフリーランスだったのですが、実は1980年代後半にほんの一時、北海道の地方都市で公立高校の教員をしていました。

確か朝は8時10分くらいから会議(その日の連絡事項の確認など)があり、その後、何コマか授業をこなし、15時半くらいから部活の指導(とはいっても生徒の横で見ているだけということが多く体力的にはたいしたことはないー当時は生徒が自主的にやることができる能力のあるような高校では教員がつきっきりということはなく、職員室で自分の仕事をすることが可能という雰囲気でしたが、自分の勤務していた高校は生徒の自主性がそこまでのものではなかったので、ほぼそばにいなければいけない状況。おそらく現在は何かあったらということで、常に生徒と一緒でなければならないという感じでしょうか?)

通常、18時ころには部活終了。この時点で朝から拘束10時間ですが、これで帰宅できるかというとそうでもありません。(なお、昼休みは仕出し屋の弁当をかきこんでから仕事というのが基本でした)

田舎だったのでバスの便の終了が早く、遠距離通学の生徒が終バスを逃してしまうこともしばしばで、自分の車で送るなどということも(生徒も車で送ってもらいたいものだから、ダラダラと活動を延ばすこともー「しょうがないなあ」とダラダラを黙認していたことは否定できませんが)

学校では授業と部活の指導以外に、色々な担当があって、自分は、おそらく一番仕事が多かったであろう生徒指導部で、生徒会担当でした。1学期は夏の学校祭に向けての準備があります。そして、生徒の問題行動も比較的多い学校でしたので、それへの対応のための会議、問題行動を起こした生徒との面談などにも時間を割かなければなりませんでした。

そんなわけで、授業のない時間も完全にあいているというわけではなかったです。

自分は新採で授業の準備にも時間がかかりましたが、さまざまな雑務があり、授業の合間の時間だけでは足りず、夜、学校に残って、さらに帰宅後にも教材研究、生徒に課題を提出させたときはそのチェックなどをするということが多かったです。(ちょっと記憶が定かではありませんが、帰宅してから仕事ということが多かったかもしれません)。

当時は週休2日制ではありませんでしたから、土曜日も出勤です、そして午後はいつもより長い部活。

そして日曜日。午前のみ、午後のみということが多かったように思いますが、部活です。これに対しての報酬ですが、支払いの主体がどこだったかは忘れましたが、500円が支払われるだけでした。

というような感じで毎週・毎週がすぎていきました。新採の年は4月からほぼ休みなしで、6月下旬、祖母の葬儀でやっと休むことができたのを覚えています。

比較的規模の大きな学校で教員数が多かったので、すべての教師がこういう忙しさというわけではなかったように思います。新採だったので忙しい仕事を割り振られたという面があったのだと思います。

それでも、若い先生が多く、何か「サークル活動をやっている感」というのもありました。仲間に恵まれていました。

実は自分が受け持った部活は演劇部で(演劇の経験はありません)、秋の高文連(生徒の求めに応じて脚本を書きましたーけっこう楽しんでいました)が終わると割と活動時間も短くなり負担が減ったような記憶です。生徒会の方も行事があまりなく忙しさは緩和されたと思います。

しかし、自分の時間がほとんどないという状態で(特に1学期)、あれが長く続いていたらどうなっていたか。色々考えることがあって、すぐに退職したので、けっこう思い出の部分が多い感じではあるのですが。

現在の先生方は保護者からの要求のレベルもあがっており、どれだけ大変なのだろうかと心配になってしまいます。

高プロが導入されると、今以上に自分の時間を持てない人が増えてしまうでしょう。自分の場合、職住が接近しており、通勤時間は10分に満たなかったのですが、上に書いたように半ば仕事漬けという状態におかれて、さらに通勤に往復で2時間とかなると、体力的・精神的にもたなくなることは容易に想像できるところです。

難民支援協会主催のチャリティ・ランに参加した

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もう2週間がすぎてしまいましたが、13日、アウェイFC東京戦の前、認定NPO法人・難民支援協会主催の皇居外周路チャリティラン(参加費が支援金となる)に参加してきました。

皇居外周は今や市民ランナーの人気練習コースとなっていますが、交通費をかけてわざわざ走りに行く気はせず、いままで3回くらいしか走ったことがありません(3回も行ってる、ともいう)。しかし、難民支援協会ではボランティアを行ったこともあり、たまたまスケジュールがあいたので参加することにしました。

それで、主催者から「日本にも難民がいて助けを必要としていることを多くの人に認識してもらいたいので、そのきっかけとなるよう、今回参加した皆さんに、このイベントのことを色々な形で発信してもらえるとありがたい」というようなことを言われたので、ちょっと時間がたってしまいましたが、ここに書き記しておきたいと思います。

皇居近くにはランナー向けの施設がいくつかあり、地下鉄日比谷駅に直結したところにあるところでロッカーを借用。そこで着替えてから集合場所の日比谷公園へ。

参加者は200名強。開会式では、ゲストの瀬古利彦さんが挨拶(お忙しいので挨拶のみで走られなかった)。

イベントではランとウォ―キングがあり、ランは5キロと10キロ(皇居一周がちょうど5キロです)。最近、精神的に忙しいこともあり、せいぜい週に1~2回、1回に5~6キロくらいしか走っていないので、5キロコースに参加しました。後で味スタに行かなくてはならないですしね。

その後、桜田門の前の広場(というのだろうか)に移動してスタート。この日は休日ですし、もちろん、貸し切りではありませんから、途中の狭いところでは、他のランナーと譲り合いながら走ります。

30分弱で一周完了。その後もイベントは続きましたが、一度帰宅して、着替えてから味スタに行かねばならないということで、参加賞をもらって帰路につきました。

さて、日本にもかなりの数の難民が来ており、難民支援協会とは文字通りの活動をしているNPOです。

以下、難民支援協会のホームページから、ちょっとだけその活動について引用しておきます。

「JAR(難民支援協会)は、母国を追われた難民が失った権利を回復することを目指し、支援に取り組んでいます。難民は、人として、また難民として、基本的な権利を持っています。たとえば、自由と安全が確保され、命の危険がある母国に送還されず、医食住等が保障され、家族が一緒に暮らせることなど、多岐に渡ります。
 難民のように、支援が行き届きづらい人々を支援することは、JARの事業の柱です。しかし同時に、難民は支援されるだけの人ではありません。支援を必要とする人はしっかりと支えられ、一方でそれぞれの持つ強みを活かして社会の一員となる、そのような未来を作ることを目指し、JAR は活動を展開しています。」

以上、難民支援協会から与えられた「発信」というミッション終了。

PCのHDDをクローンSSDに交換した

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今のPCはたぶん8年くらい使っていると思う。

もともとはwindows7だったが、その後、windows10にアップグレード。

大きな不具合はなくちゃんと動いてくれてはいるが、いかんせん遅い。なかなか立ち上がらないし、シャットダウンも「あれ? ちゃんとシャットダウンしたよな?」という感じで、いつまでもハードディスクが回っている。

そろそろハードディスクも寿命が近づいて来ていると思うし、買い替えを考えたが、HDDのクローンSSDを作って換装すると驚くほど速くなるということをたまたま知った(そんなにPCに詳しいわけではないし、それほど興味があるわけではないので、そちら方面へのアンテナは全然張りめぐらしていなかった)。

PCのスペックは今のままで十分だし、万が一換装に失敗したら新しいPCを買えばよいだろうと思い、換装を実行することを決意。(自分のPCは交換の際、内部をいじらなくてもよい形なので、換装失敗はクローン作成の失敗くらいしか想定できず、その場合、HDDは生きているので、しばらくは現在のままのPCで我慢することも可だし)

さて、現在のPCのHDDは300ギガで、実際使用しているのは130ギガくらい(デジカメ画像などはいったんPCに入れるが、基本的には外付けのHDD2台に同じものをコピーして、順次PCのデータは消去しているー心配性なのでバックアップ用のHDDをもう一台買おうかと思案中)。

このHDDのデータをSSDにまるごとコピーする(クローンを作成する)ためのソフトはフリーソフト(AOMEI backupper standard)を利用。

使用したSSDはサムスン860EVOの250ギガのもの。もとのHDDより50ギガ容量が少ないが、ネットで色々調べたところ自分のHDD使用状況だと大丈夫そうなので購入(8315円)。もしデータが納まりきらず、クローン作成に失敗したら、もう一台購入しようと思っていた外付けのディスクとして使用すればよいと判断。

少しドキドキしながらクローン作成を実行(その前にSSDのフォーマットが必要、また、SSDとPCをつなぐためにケーブルもしくはSSDのケースが必要ー自分はケースを購入→クローン作成に失敗した場合これに入れたまま、外付けディスクとして利用できる)。

2時間強でクローン作成終了。

で、再び少しドキドキしながら、HDDとSSDを入れ替え。(PCによってこれが簡単なものと、少し面倒なものがあるようだが、自分のPCはHDDの交換が前提のような造りになっており、HDD部分の蓋をはずすだけで交換ができたーだから自分でやる気になったのですが)。

交換終了後、PC立ち上げ。

速いです。

ところで換装の詳細はネット上にとても詳しい記事がたくさんあるので、そちらにあたってもらった方がよいかと。

あけましておめでとうございます

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201712札幌01

*写真はイメージ(札幌市内)-新年とは関係ありません


あけましておめでとうございます。

今年もボチボチやっていきますので、よろしくお願いします。

去年は何とか4回海外へ行くことができましたが(長期間日本を離れることが難しいため長くても10日弱/1回の旅行)、今年も何とかそれくらいは出かけたいと思ってます。

それはそうと、今年はもしかすると憲法改正の発議が行われるかもしれません。ということで、憲法が変な具合にいじられぬよう、自分のできることをやっていこうと思います。

いつの間にか安い国になっていた日本

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今回、イタリアのラ・スペツィア駅にあるバールでサンドイッチを買った。

表面がカリカリの鏡餅型のパンを2つにスライスして、そこにトマトとチーズをはさんだだけのもの。

値段は4.2ユーロ(日本円に換算して550~560円。両替の際のロスが入ると600円くらい)。

5ユーロ出したら、なぜか4.2ユーロもつり銭をくれてびっくりしたが、もちろん店の人のミスだが、列を離れてつり銭が重いので気が付いた。

すぐにミスったよということを伝えたかったが、けっこう客がたてこんでいる。つり銭が少なかったとかいうクレームと思われると説明に時間がかかり、他の客に悪いので、客がいなくなったのを見計らって、間違っていますよと話しかけた。最初、彼はクレームかと身構えたが、つり銭の額と商品の額を取り違えたということがわかり、照れ笑い。恐縮しながら、お礼を言ってくれた。

まあ、このことは、この記事の本題ではない。

本題はサンドイッチの値段。

おそらく日本で同じものを600円で売ったら絶対売れない。おそらく350円か400円が限度だろう。

というくらい、今、日本の物価は先進国の中ではとっても安い。

昼にその辺の定食屋でも700円くらいでけっこうな内容の食事をとることができる。ヨーロッパで同じレベルの食事をしようと思うと、安くて1200~1300円。場合によっては2000円くらいかかってしまう場合も。

毎年冬になると、オーストラリアから大挙してニセコ地方のスキーリゾートにスキー客がやってくるが、(オーストラリアの物価は知らないが)彼らにとって日本は物価の安い国で、飛行機代をかけてやってきても、それほど大きな負担ではないのだろう。(自国で休暇を過ごすより安いのか?)

さて、日本の物価が先進国のなかでこんなに安いの原因は、非正規労働者の低賃金にあるといわねばならないだろう。

たとえば、時給1000円(最低賃金がもっと低いのはご存知の通り)で一日8時間、週休2日で52週働いたとして、年収208万円。これでいったいどうやって生活しろというのか。この仮定は、週休2日で計算したので、年末年始の休みとか、ゴールデンウイークとかは勘案していない。まったくひどいもんだ。

何かおかしくないか?! 日本。

長く旅をしているが、先進国を旅するたびにこうした感覚が強くなる。

今、たいへん多くの外国人観光客が来日しているが、彼らにとって日本の旅先としての魅力の一つが、「安さ」であることは間違いないだろう。

明けましておめでとうございます

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年が明けてからすでに一週間が経過してしまいましたが、遅ればせながら、新年のご挨拶を申し上げます。今年もよろしくお願いします。

年末年始、まったく更新できませんでしたが、別にどこかへ行っていたというわけではなく、ちょっと体調を崩していました(今も完調ではありませんが)。

13年ほど前、原因不明の回転性のめまいに襲われ、4年ほど前に再発、そして、今回はそこまでひどくはないけれど、それに近い状態になりました。

最初、この症状が出た時には有効な治療方法に出会うことができず、耳鼻科にかかり投薬を受けてだましだまし生活していました。

ひどいめまいは再発しないものの、ふらつきはおさまらず、つらい状態が続いていたのですが、ひょんなことから、かなりの治癒実績をあげている札幌の内科医七戸満雄氏のことを知り受診しました。

七戸医師は"メニエール病"の原因が水疱瘡ウイルスなのではと疑い(ウイルスが再活性化した際、体のどこの部分で悪さを行うかで症状が決まるとのことーその一例が帯状疱疹)、患者に抗ウイルス薬を処方したところ、80%以上が改善されるという結果を得ているということでしたので、藁にもすがる思いで受診したわけです。

そして、ヴァルトレックスという抗ウイルス薬を2週間服用しました。

症状が出てから4カ月も経過しており、どうかな?と思いながらの服用でしたが、結果は良好。ふらつきはすっかりなくなりました。

しかし、この治療方法、耳鼻科の専門医は認めておらず、保険が適用されず、ヴァルトレックスの薬価が高いこともあり、かなり高額になるというのが玉に瑕です。

そして、耳鼻科の専門医はいまだその治療法を認めておらず、保険適用外なので、全額自己負担です。

なぜ、耳鼻科専門医は認めないのか? 色々理由をつけているようですが、もしかして面子? と思ってしまいます。

何カ月も、場合によっては何年も薬を飲んでよくならないのに、わずか2週間かそこらヴァルトレックスという薬を飲んだらよくなってしまうのですから(服用した患者の8割~9割)。

で、2度目に症状が出たときも、ヴァルトレックスで乗り切りました。

めまいの症状に抗ウイルス薬を処方してくれる医師はいまだ少ないので、東京の自宅から2時間かけて鎌倉の額田記念病院まで行きました。

そして今回です。

回転性のめまいまではいきませんが、パソコンのディスプレイを見るのもつらい状態で原稿仕事もままならず。まして、ホームページの更新などは。。。

年末、札幌に帰ったので、七戸医師がいらっしゃる札幌藤和病院へ(七戸医師はかつては内科医を開業していましたが、医院を閉じて週に2日、札幌藤和病院でめまいの患者を診ています)。

ヴァルトレックス500mgを一日6錠(2錠×3回)を2週間分出してもらいました。かかった費用は、全額自費のため53000円あまり。

やはり薬は効いてくれて、症状はかなり改善されました。それで、2017年初となるこの記事を書いています。

しかし、七戸医師もご高齢で、また、同じ治療方法を採用している医師も増えないという現状。この先、同じような症状に苦しんでいる、もしくはこれから発症する人はどうすればよいのか。

久しぶりの広島

201607原爆ドーム

参議院選は、改憲勢力にかなりの議席を取られてしまったが、野党共闘が功を奏した部分も大きかったと思う。

さて、仕事で、かなり久しぶりで広島にやってきた。

で、少し早めの飛行機に乗り、仕事前にちょっとだけ平和記念公園に行ってきた。

修学旅行の中学生(だとおもう)が、課題か何かなのだろうか、外国人観光客に対して英語で取材(質問)している様子が微笑ましかった。

熊本震災被災者支援ボランティアに参加して思ったこと

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前の記事で、熊本震災被災者支援ボランティアに参加して思ったことを、英語にある「Thank you (for your help)...助けて下さってありがとうございます」に対する「It's my pleasure (to help you)...あなたを助けることは私の喜びです」という言い方を手掛かりにボランティアの気持ちを推定しつつ少し書きました。

しかし、この会話表現の由来が何なのか確認できておらず、たとえば、権力者とそれに従う人の間で使われるものだとすると、震災支援で助ける側と助けられる側との関係にあてはめて述べると何か変な感じになってしまいます。ということで、由来の明らかではない表現を使うのを避けて書き直しました。

自然災害に遭われた方々を支援するボランティアに参加した方々が「逆に力をもらった」という、その感想を述べることがけっこうあるように思う。テレビなどでそうした映像を見て、その言葉の持つ意味を今一つ理解できずにいたのだけれど、実際にそういう活動をしてみて、それがどんな感覚から発される言葉なのかわかったような気がする。

人は皆、他者の力になりたいという欲求を心のどこかに持っているように思うが、実際の現場で、自分みたいなものでも他者の力になることができるのだということを認識=それを「力をもらった」というような言葉で表す人が多いといったところだろうか?。人それぞれだとは思うが。

それに加えて、被災者の方と心の交流もできるし、他のボランティアの方々とも心を通じ合わすことができる。

この手のボランティア活動には繰り返し参加する人が多いようだ(災害は繰り返し起きては欲しくないが)。最初は「放っておくわけにはいかない」「助けることができる人間が行かなくては」というある種使命感のようなものに駆られてボランティアに行くのかもしれないが(僕もそうだった)、実際活動してみると、上に書いたような経験ができ、それがリピートする要因になっているように思う。そして、僕も可能ならばまた行きたいと思っている。

熊本震災被災地支援ボランティア

201605熊本01

昨日、日帰りで震災被災地支援ボランティアのため熊本へ行って来た(写真は阿蘇熊本空港着陸の直前-ブルーシートがかけられた建物が多い。)

NGOの活動の補助などのボランティアはしたことがあるだけれど、自然災害にあった方々を現地で直接支援するという活動は初めである。

震災発生後、熊本へ行こうとは思ったものの、①雨天時は活動に危険が伴ったり制約を受けるためボランティアが募集されなかったり、その数が極端に減らされること、②応募者が多い場合、ボランティアの受付が打ち切られる場合があること、③自分は東京居住のため移動にかなりのお金が必要になること、④宿泊施設の確保がかなり難しいということ等々、色々と問題があった。

③については、東京-札幌往復生活や海外旅行で稼いだマイルがたくさんあるので特典航空券が使える。ただし、それで単純にOKかというとそうではなく、①がかかわってくる。自分の行ける日に特典航空券を確保しても(特典航空券の予約は4日前までに完了する必要がある)、活動予定日の天気予報が悪くなった場合、予約の変更は可能だが、4日後以降の便にしか変更できず、また、天気の動向を気にせねばならない。被災地支援ボランティア参加の目的で特典航空券を予約する場合、4日前という限定をはずしてくれるとうれしいのだけれど(ボランティア活動証明書を事後に提出という条件をつけるなど方法あると思うがかなり煩雑ですね)。

さて、色々と問題はあったのだけれど、連休が終わってボランティアが足りなくなってきたという情報があり、自分の行けそうな日の週間予報は曇り、特典航空券には空席あり、ということでまずは航空券を確保した(宿泊は難しいので日帰りで)。

その後、毎日天気予報をチェックしていたが、段々と良い方へ変化し、今週の初めには予報は晴れに変わった。最高気温が29度くらいになるというが、その程度ならば問題なし。

次にどこで活動するかを決めなければならない。ボランティアを募集している被災地は沢山あり、どこに行こうかと色々考たが、ちょっと人手が足りていない感じ、空港からタクシーで行ってもそんなに高額にならず、活動後は徒歩で空港に行くことが可能ということで、西原村へ行くことにした。

で、昨日(19日)、予定通り早朝便で熊本へ飛び、タクシーで西原村のボランティア・センターに移動。そして、オリエンテーションが行われた後グループ分けされて村の3箇所に置かれたサテライトへ移動し(車で送ってくれる)、そこでさらにグルー分けされて、支援を必要としている場所へ移動して活動した。

20160502熊本02

上の写真はサテライトで撮ったもの(被災者支援に専念していたので、現地の写真はほとんど撮っていません)。

活動翌日の今、背中と指がかなり痛い。普段、背筋や握力などは全然使わない生活をしているが、被災者の家の中の使えなくなったものや、倒壊しブロック塀のブロックをトラックに積み込む際、かなり背筋と手先の力を使ったらしい。

始皇帝と大兵馬俑

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201602特別展「始皇帝と大兵馬俑」

2月21日まで東京国立博物館平成館で開催されている特別展「始皇帝と大兵馬俑」に行ってきた。

写真は本物ではなく、この展覧会用に制作された複製品で、ここは写真撮影用のスペース。

兵馬俑は海外旅行に行き初めた頃の87年に現地で見ている。

始皇帝陵とか兵馬俑の博物館など、大きく様変わりしていると思う。

最寄りの街、西安も含めて、その変貌ぶりを確認しに行きたい気も。。。

しかし、あの頃の西安は大きな都市ではあるものの田舎田舎していたのだが、現在はまったく違う街になってしまったのだろうなあ。

新年のご挨拶

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201501早朝のエーヤワディー川

年明けからちょっと時間がたってしまいましたが、一応、新年のご挨拶を申し上げます。(写真は去年の1月に撮ったミャンマーのエーヤワディー川の早朝の一コマです)

今年も東京・札幌を往復しつつ、コンサドーレのサポート(というかほぼ観戦)、時々旅行という生活を送りつつ、できるだけブログやホームページの更新をしていきたいと思います。

「あっ」それから、もちろんデモとか集会とかにもできる限り出かけたいと思います。本当は、そんなことに時間を割かなくてもよい状況だといいのですが、何せ立憲主義と民主主義の危機なので。

危機の一つは改憲(壊憲)の動き。自民党が考えている通りの憲法になってしまうと、例えば、基本的人権がまずいことになってしまうということを、どの程度の人が知っているのか?(どうまずいことになってしまうのかということは、おいおい少しずつ書いていくべきかもとも思ってます-既にあっちこちで述べられていることではありますが)

また、一部の国民のなかにある、他のアジアの国々の風下には立ちたくないという意識(低く見るという意識)が形成されてきた歴史的経緯(豊臣秀吉政権ー徳川幕府ー明治維新という過程に見られるもの)を少し詳しく勉強してみたいとも思っています。

15年安保反対のデモをとりあげた写真展のことなど

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例によって、少し時間がたってしまったが、先日、札幌への飛行機に乗る前、SEALDs(シールズ)の植田千晶さんの写真展(12月26日まで開催)に行ってきた。

安保法制に反対するデモの様子などを撮ったもので、新聞などでもとりあげられいたものである。

デモに参加したものとして、あの時の様子がどんな感じで写真として切り取られているか、ちょっと興味があったが、実際に見てみると、テンションが高まっているデモの様子ばかりではなく、弛緩した場面なども切り取られており、面白かった(興味深かった)。

1512雪の札幌

写真は12月30日の札幌。

暖冬気味で、11月下旬に積もった雪は一旦溶けたが、年末を迎え、いつも通りの冬になったという感じ。

ゴール裏席(サッカーの)に似た感覚を覚えた国会前デモ

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今はコンサドーレ札幌の応援に行っても、ゴール裏で他のサポーターと一緒に声を出すことはなくなったが、この3ヶ月強の間、何度も行った国会前の戦争法案に反対するデモでは、何となくではあるが、ゴール裏に戻ったような感覚を持つことがあった。

ゴール裏では、目の前にいる選手たちに向けて応援の気持ちをこめてコールする。一方、国会前でのコールは応援のコールではなく、おもには主張していることに関するコールである。国会前という政治的に象徴的な場所において、大人数でコールをすることによって、マスコミに取り上げさせ、運動を可視化するというのが大きな目的であったと思う。しかし、だんだんと政府と対峙する野党を後押しするという性格も帯びてきた。

もともとSEALDs(シールズ)が進める運動は特定政党を応援しようというものではなく、短期的には法案成立を阻止するため野党の力を結集させよう(利用しよう)というものだった。野党勢力の結集という意図は確実に実現に向かい、6月の後半に行われた渋谷での街宣においては、民主党・共産党・維新の党・社民党・生活の党の国会議員(社民党のみ国会議員のスケジュールの関係か市議会議員の方)が同じ街宣車の上に立つということも実現した。共産党は志位委員長がやってくるという力の入れようで、SEALDsを中心とする若い人たちの動きに一番敏感だったというべきか。(ちなみに、自分は共産党支持者というわけではなく、選挙権を得て以来共産党の候補に投票したことはない? もしかしたら1回くらいはあったかも?)。

さて、話を戻そう。国会前のデモでも、毎回のように野党の議員がやってきてスピーチをするようになっていき、だんだんとサッカーにおけるサポーターと選手との関係に似たようなつながり(政治・社会運動では「連帯」という言葉を使うのか?)ができていったように思う。そうしたなかで、政府と徹底的に闘うことを避けていると見られている議員がスピーチを行ったときはデモ参加者からヤジが発せられ、集会進行役のSEALDsのメンバーがそうしたデモ参加者に対して「僕も〇〇党に対しては言いたいことあるけれど、今は法案反対の力を結集したい。話をちゃんと聞きましょう」という趣旨のことを発言した。まるで、選手に文句をいう一部サポーターに対して「今は選手の後押しをすることに力を尽くそう」と語るコールリーダーのよう。

そして、参議院での採決が迫るなか「野党は頑張れ」というコールが加わり、国会議員も国会前に来て「皆さんの声は議事堂の中まで届いています」と語り、それをうけて、コーラー(コールをリードする人)が「声をそろえて、国会の中に届けましょう」という感じでコールをリード。また、野党議員は国会内の情勢の報告(今休憩中とか何時から再開とか)まで行うようになった。さらに、僕は離脱してしまっていたのだが、法案が通った後、野党議員が最終的な報告のためにやって来てマイクを手にした。これなどは、試合後に選手たちがゴール裏に来るのと、感覚的に重なるものがある。

まあ、今回のことは、デモ側・政治家側がお互いの力を利用して共通の政治課題に向かおうという政治の場におけるものであって、スタジアムにおけるサポーターと選手との関係に重ねて考えるのは無理があると思うが、少しだけそんな感覚を覚えたということで。。。

さて、デモに参加した人たちに共通する要求は立憲主義・民主主義・平和主義の擁護といってよいだろう。そうした運動の高揚をうけて、共産党が安保関連法の廃止を目的とする政権樹立に向けた勢力の連合を呼びかけた(安保関連法の廃止と集団的自衛権の一部行使容認の閣議決定を廃棄した後、衆議院の解散を行うということである)。SEALDsらがそういうことを求めて動くときが来るのかなと思っていたが、若者を中心とする運動にもっとも敏感に反応してきた共産党が早くも動いてきた。問題は他の野党がこの動きにのるかどうかだが、これからも続くであろう国民的な運動が、野党の大同団結を後押しするのではないかと考えている。

個人的には今の政治状況悪化の元凶ともいえる衆議院の選挙制度(小選挙区制)の改正も大同団結の主題にできないものかと思うが、主題を増やすと話がややこしくなるので無理か?

9月19日の朝に思ったこと

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20150918国会前01

18日、国会前に行ってきた。3夜連続である。

参議院での採決が未明に行われるということで、デモは今日(19日)未明まで続いたが、金曜の夜ということもあって、23時を過ぎても閑散としていくことはなかった。最後まで見届けたいという気持ちもあったが、連夜の狭い中での5時間余りの立ちっぱなし、ゲストのスピーチの時間をのぞいてのコールしっぱなし。かつてコンサドーレのゴール裏でコールに加わっていたものといてのプライドもあって(笑)、周囲の人たちに負けない声量を維持しようと無理もした。ということで、やはり23時半ころにはエネルギー切れ。始発で帰宅するという選択肢もなくはなかったが、結局は離脱を選択。

帰宅すると、テレビでは安保関連法案の採決を行うための参議院本会議が中継されていた。民主党の福山氏、維新の党の小野氏、共産党の小池氏の反対討論は、今国会での審議の問題点、法案の問題点を改めて浮き彫りにさせるものだった。今国会の最終盤における野党議員の諸演説はにおいても同様のことがいえると思う(全部は見ることはできていないのだけれど)。

法案は通ってしまったが、各地で反対の行動を続けてきた人々に落胆のムードは漂ってはいない。それは、当初、7月で決着がつくだろうと思われていた国会論戦を9月の中旬まで引き伸ばさせることができた要因の大きな部分は、いまだかつてないほど多くのデモや集会が行われたことにあると思われるからだ。それらが報道されることにより反対の動きが可視化され(一部の大マスコミは政権の考えを忖度してできる限りデモの動きを小さく見せようと努めていたようだが)、多くの国民に考えるきっかけを与え、それがさらに運動を拡大させ、そしてそれが政府への圧力となったことは間違いのないところだと思う。

それでもデモの意義を認めたがらない冷笑者たちは、「結局、法案は通ったじゃないか」と言うかもしれない。しかし、闘いはここで終わりではないのだ。この間(かん)、いまだかつてないほどに広がった運動は、すでに次の段階へと向かって動き始めている。ここ数日、デモのコールに「賛成議員は落選させよう」というものが加わった。そして、この運動は、当面、今回成立した法制に対して起こされるであろう違憲訴訟(憲法学者で慶應義塾大学の小林節名誉教授は「法律は憲法9条に違反し、平和に暮らす権利が損なわれる」として、研究者などおよそ100人の原告団を作り、今後、国に賠償を求める訴えを起こすことにしている-NHKニュース)などとも連携をとりながら来夏の参議院選挙を目標に続けられと思う。もちろん、その先の選挙・自公政権打倒も視野にいれつつ。

しかし、運動は政権交代で終わりではなく、再び憲法を無視した、なんでもありの政治を実施するような政権を誕生させないような動きとして、ずっと続くと思う。人々がいったん政治に対して無関心になってしまうと、今回のようなことが起きてしまうことを人々は学んだからだ。

6月5日、梅雨の季節、強い雨のなか、SEALDsの主催するデモに参加してからすでに3ヶ月強、いつの間にか、キンモクセイの香りの漂う季節になった。戦争法案成立阻止をめざすデモはとりあえず終了したが、立憲主義・民主主義・平和主義の擁護を求めて闘った人々は、その歩みを止めない。

9月16日国会前

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20150916国会前

9月6日夜、戦争法案に反対する国会前のデモに行った。

政府のやり方はもう滅茶苦茶。いちいち書くべき言葉もない。

国会前の警察による過剰警備も相変わらず。

通称「かまぼこ(こんな通称があることを初めてしった-笑)」と言われる警察車両がずらりと並び、デモ参加者が広範囲に広がるのを押しとどめようとする(多くの人々が抗議の意思を示そうとしている絵を報道させたくないという官邸の意思を反映しているといわれる)。この厳しい警備の様子は海外でも報道されており、「日本って民主主義国家じゃなかったっけ?」と疑問を持たれているのではないのか?

昨夜は終電の少し前まで、およそ5時間半くらい冷たい雨のなか、国会前にいたが、SEALDsをはじめ未明まで抗議を続けた人たちも。そして、SEALDsのメンバーはゴミを拾ってから撤収とか(デモ参加者のほとんどはゴミを散らかすなどということはしないが、残念ながら沢山の人々の中にはモラルを欠く人がいてやはり少しはゴミが散らかってしまう)。

東京では冷たい雨が降り続いているが、今日も抗議活動は続く。幸い、自分は自由業で今日も参加可能である。ということで、今日も参加、である。

安保関連法案に反対する学生と学者による街宣行動に行ってきた

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201509ビッグイシュー9月号裏表紙

写真は現代美術作家奈良美智(ならともよし)氏の作品で、ビッグイシュー9月号の裏表紙。

今日はこれをプラカード代わりに持って、新宿の歩行者天国で行われた「安全保障関連法案に反対する学生と学者による街宣行動」に行ってきた。

そう、また、安保法制反対の行動に関する記事である。6月からしつこくこの手の行動に参加しているが、今日は雨の予報もあり(途中からかなり強い雨になった)、実は参加をためらう気持ちもあった。そういう感情が生まれるのは普通だと思う。しかし、今はそういうわけにはいかないのである。

今日は、新宿に12000名くらいの人が集まったということだが、休日の新宿ということで、通りがかりに街宣行動を見ていった人も多いと思うし、意識して集まった人で、こうした場に初めて参加した人たちも確かにいたと思う。しかし、圧倒的多数は、ふだんから国会前などの抗議活動に参加している人たちだと思う。SEALDsの「Tell me what democracy looks like.」というコールに対して、当たり前のように「This is what democracy looks like.」とレスポンスする人たちが沢山いたので。

今日は街宣ということで、いつものデモとは違い、学生、学者、民主党・社民党・共産党の代表者のスピーチが中心であったが、いつもと同様に、大人数が参集してマスコミに注目させ、報道してもらうことにより、より多くの人たちに今起きていることに関心を持ってもらう、政権側に反対運動の勢いはますます盛んであることを知らしめるという目的があったかと思う。

安保法案の行方はどうなるかわからない。しかし、安保法案のみならず、自民党のめざす改憲の動き(基本的人権に対して制約を加えることができるような内容があるなど「壊憲」ともいうべきもの)を止めるためには、今の運動を息の長いものにして、無関心層をこちら側に引き付けていく必要があると、運動に参加している多くの人たちは考えており、だからこそ、最近日本各地で街頭に出て、さまざまな行動をしている。

アメリカの公民権運動を指導したキング牧師の言葉に次のようなものがある。

「最大の悲劇は、悪人の圧制や残酷さではなく、善人の沈黙である。」

現在の安保法案や政治のあり方についても同ことがいえると思う。心の中でおかしいとは思っていても、黙っているのは承認しているのと同じなのである。

201509新宿歩行者天国街宣

しかし、現在の一部のマスコミの報道の状態だと、国会の状況(政府の答弁が滅茶苦茶なこと、国会を無視する形で自衛隊と米軍の協力体制が築かれつつあることが明らかになってきていること)、デモの規模・数の多さなどを知らずにいる人たちがけっこういるのではないか。

国会前に行ってきた

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20150830国会前

予定通り、国会前に行ってきた。

写真は国会前の路上から(国会前の道路がデモ参加者に開放された)。

明日8月30日は国会前へ行く

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20150828国会前

昨日もSEALDs(シールズ)が主催する、安保関連法案に反対する国会前デモに参加してきた。

小雨も降り、また、8月30日に挙行される「国会10万人抗議」にむけてエネルギーを蓄えているのか、参加者はいつもよりは少なかったが熱さはいつも通り。

そして、「国会10万人抗議」だが、これは「戦争をさせない・9 条壊すな!総がかり行動実行委員会」が「国会周辺を10万人以上の戦争法案絶対反対!の怒りの声で埋め尽くそう!」ということで呼びかけたもので、今回の安保関連法案に反対する諸団体が参加する。日本各地から国会前にやってくる人たちも多いようで、どれだけ集まるか楽しみ。また、当日は全国で様々な抗議行動が予定されている(空前の数だそう)。

安保法案の成立が政府の予定していた時期よりかなり遅れているのは、反対運動の盛り上がっているからであり、デモが決して無意味な行動ではないということを実感している。

しかし、こうした動きを知らない人たちも意外と多いと思われ、マスコミに大々的に報じさせ、安保法制に反対する動きをより多くの人々に認識してもらい、反対運動のうねりをより大きなものにするためにも、参加者の数がとても重要になってくる。

とはいえ、今回の法案を止めることが難しい状況であることにはかわりはないだろう。しかし、止められる可能性は追求すべきだと思う。そして明日は同じ考えを持った人々が国会前、国会周辺に詰めかける(事情で国会前へ行けない人、具体的に動けない人もできる範囲でいろいろと頑張っているよう)。

ということで、自分も明日は万難を排して国会前へ行く。

上記、総がかり実行委員会の抗議行動は14時スタートだが、SEALDsは13時から行動を開始するということなので、それに合わせて行こうと思っている。

渋谷デモ

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ティーンズソウル・デモ

今日、予定通り、ティーンズソウルという高校生のグループ主催の、安保法案に反対するデモに参加してきた。(なんかデモ参加ブログのようになってしまっています-笑)

写真はセンター街を通過した際に撮ったもの。

高校生によって構成される第一梯団(行列の単位を梯団と呼ぶらしい)は、ずっとずっと前の方。高校生のあとには大学生が続き、その後にはおじさん、おばさんらが続いた。

車道側から、渋谷の街を行きかう人々の様子を見ることができて興味深くもあった。

酷暑のなか、代々木公園スタート、渋谷の街中を通って代々木公園でゴールという、3km強のデモだったが、直射日光を浴びる場所は少なくて助かった。

ゴール後、歩道で、続々とゴールへ向かう後続部隊を見ているとき、ホノルルマラソンでゴールした後、後続のランナーたちのフィニッシュを眺めていたときと同じような感覚がよみがえった。たっぷりと汗をかいた気持ちよさ、フィニッシュをめざして走っている、知り合いでも何でもないランナーたちに対して感じたシンパシー、そんなものがよみがえってきたという感じか。

満月の下、砂防会館から日比谷公園まで車道を歩いた

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20150731国会請願デモ01

昨日(7月31日)、安全保障関連法案に反対する学生と学者による共同行動というものが行われ、それに参加してきた。

名称には「学生と学者」とあるが、広く一般市民にも開かれたもので、まず平河町にある砂防会館における集会の後、会館前をスタート地点として、国会議事堂裏手を経由して、日比谷公園まで国会請願デモも行われた(1部、2部に分かれて行われた)。参加者は4000名だったとのこと。

上の写真は自民党本部前を通過した後あたりで撮ったもの。満月が美しかったので、国会議事堂とともに撮ったのだけれど、デモの行列を含んだ構図にしておくべきだったか。

この後、国会議事堂の裏手の道路を野党の国会議員たちの声援を受けて通過。あまり報道されないが、今回の安保法案に対する動きは、国会と国会外(国会外の動きは世代の垣根などなくものすごい広範なものとなっている-明日2日は渋谷で高校生が主催するデモが予定されており、ものすごい数の参加者があると思われる-僕も行くが)が結びつきつつ、大きなものになっているということを実感させるものだった。

20150731国会請願デモ02

デモのゴール地点近く。

デモ行進の後は、国会前で行われている抗議活動へ。

しかし、昨日は蒸し暑さが半端なく、暑さはに強い自分にとってもけっこうきついものだった。ボランティアの人たちが給水所を設置してくれてはいるものの(給水所までできるって凄い!)、この先も「ほとんど亜熱帯か」という感じのなかでの抗議活動となるので、ペットボトルなどの飲み物は必携だ。

日比谷野音、そして国会前(7月24日)

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昨日、午後国会図書館で調べ物をして、その流れで、安倍政権NO実行委員会主催の集会に参加した。

5時すぎ、徒歩で国会図書館から国会議事堂前を経由して日比谷公園へ向かったが、歩道はすでに警察による厳重な警備体制が敷かれていた。

5時半、集会の会場となっている日比谷野外音楽堂開場。
参加者が続々と集まってくるが、消防法の規定により定員以上の入場は許可されないとのことで、開場が一杯になった段階で、入口が閉じられた。

2015年7月24日日比谷野外音楽堂
↑集会の一コマ。

7時15分すぎに集会が終了。多くの人は、そこから安倍政権に対する反対を表明する抗議集会(官邸前と国会前)へ移動。

僕は、SEALDs(シールズ)が進行役をつとめている、国会前の北庭エリアに向かったが、尋常ではない警察の通行規制にあってしまった。遠目にみても、抗議活動を行っている歩道にはまだ十分なスペース的余裕があるのにもかかわらず、混雑を理由に、横断歩道を渡らせてくれないのだ。彼らの規制には法的な根拠はないようだが、余計な摩擦は避けるため、ものすごい遠回りをして、国会前の北庭エリアへ。やはり、まだ、スペース的は十分あった。

集会参加者の行動は本当に平和的で、前へ出て行く人、帰る人、皆譲り合っており、最低限の通路が確保できていれば、混乱は起きないというのは、ここのところの集会の様子を見て警察も認識しているはず。しかし、どのレベルなのかは、一参加者からはわからないが、上から集会の規模を抑えるような支持が出ているからこその規制なのだろう。まったく、上からの命令には絶対従わねばならない警官たちの気持ちを察すると、気の毒になる。6月の段階では規制も非常に緩やかで、集会からの帰り道、「ご苦労様でした」と声をかけてくれる警官さえいたわけで、多くの警官は、単に大きな事故が起こらず、何事もなく集会が終わるように警備したいと気持ちだと思うから(というか思いたい)。

今後もこうした抗議活動は続くが、こうした過剰な規制に対しては批判が高まっており、来週以降のデモに対し、どういう対応をしてくるか注目したいと思う。(個人的には、参加者が増えすぎて、国会議事堂周囲だけでなく、その周辺のかなり広範囲にわたって人がたまってしまい、警備のしようがない状態になるのを見てみたいが)


20150724国会前01
↑ここのところ毎回登場する、現首相を20世紀前半の独裁者になぞらえた格好をした人。

20150724国会前
SEALDs(シールズ)がリードするブロックは、若者中心なのだが(シールズの呼びかけがあって)、それに賛同する年配の参加者も非常に多いし、話題になっている現場を見に来たという感じの人も多い(その場にいるだけという参加者も歓迎されている)。長時間シュプレヒコールをしているので、時間の都合のつかない人、疲れた人は少しずつ、その場から離脱して帰路につく。そして、後ろの人たちが少しずつ前に出て行き空いたところに入って行くということが非常にスムーズに行われいる。ということで、僕もかなり前の方に出て行った(もちろん、前に進まず、後ろの方で立っているだけというのも、まったく問題なしなのだが)。

SEALDs(シールズ)を支持します!

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SEALDs(シールズ)01

SEALDs(シールズ)02

(クリックすると大きな画像が表示されます)

木曜に帰国し、昨夜(金曜)は戦争法案に反対する国会前抗議行動に参加してきました(『報道ステーション』で報道されたようです)。

上の抗議行動を主導しているのは、SEALDs(シールズ)という10代から20代前半の学生たちによるグループで、その正式名称というか名称の意味は、Students Emergency Action for Liberal Democrasy(自由で民主的な日本を守るための学生緊急アクション)ということのようです(詳細はSEALDsのページtwitterで)。

今回政府が成立をめざす安保法制は、戦争をしない国という日本国のあり方を根本的から変えるものといえるでしょう。そして、このような重大な変更を憲法の規定を恣意的に解釈して行おうとしており、そんなことがもし可能ならば、もうなんでもありの世界、憲法もへったくれもないというひどい状態になってしまいます。

そんな動きを止めようとするSEALDsの考え方に"賛同し"、その端っこではありますが、その行動に加わることにしました。

アウト・ゼアー・ジャパン・ツアー2015

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201504ポール・マッカートニー

おとといの夜、ポール・マッカートニーのライブに行ってきた(アウト・ゼアー・ジャパン・ツアー2015)。

ポール・マッカートニーのライブに行くのは、90年、93年、2002年、2013年に続き今回5回目(5回とも東京ドーム)。

この間、ポールのライブに対する世間の関心も大きく変わったような感じがする。

90年・93年はチケットの購入はとても容易だった。2002年はカード会社からのメールで公演情報を得て、そのカード会社を通じてチケットを購入したので、チケット購入の難易度ははっきりとはわからないが、まだ、購入しやすかったのではないか?

90年はまだお金があまりなかったので、スタンド席で我慢。93年、2002年はアリーナ席。ということで、2002年までは、スタンド席かアリーナ席かの選択ができたはず。というか選んで購入した(当然スタンド席とアリーナ席とでは料金も違ったと思う)。

しかし、2013年はチケット購入の難易度が大幅に上がった。まず、席のほとんどがS席となり、アリーナ席とスタンド席の価格差がなくなった(一部A席・B席というのが存在するが)。かつ、S席として購入するので、アリーナ席とスタンド席の選択ができなくなった。また、購入前に抽選という関門までできてしまった。

この大きな様変わりの背景は何なのだろうか?

おそらく、インターネットの普及により、公演情報の拡散が早くかつ広範となり、世間の注目度が格段に上がったのだろう。それに、ポールが70歳を超えたことも、注目度の上昇につながっていると思う(ニュースなどでも、この年齢ですごい!というような報道がなされているし)。

さて、2013年は抽選の申し込みを行い、めでたく当選。しかし、いざ発券してみると2階席。かなりがっかりだった。

その後、2014年にもポールの日本公演が行われることになったが、場所は国立競技場と日本武道館。日本武道館の方はよい席は10万円もするということではなからパス。国立競技場の方も例によって席を選べないので、どうすべきかと迷っていたが、ポール・マッカートニーのオフィシャル・サイトのクラウド・サージを通じて買うと席を選べるということを知り、そこで購入(厳密にいうと、選ぶというか希望枚数を入力してクリックすると用意できる席が示され、それが気に入らなければさらにクリックするという形)。知ったのが若干遅かったので、すでにアリーナ席は売り切れていたが、ステージのほぼ正面のスタンド席に空席があったので購入。

しかし、周知の通り、2014年の公演はポールの体調不良によりすべてキャンセル。チケットも払い戻しとなった。「国立競技場」との記載のあるチケットは貴重なので、一部では払い戻しをせず、チケットを手元に残すという人がいたという話もあるが、クラウドサージで買ったチケットは、購入で使用したクレジットカードの口座に返金されるというパターンだったので、僕の手元には、このときの貴重なチケットが残った。

さて、今回、2015年である。

2013年と同じ、アウト・ゼアー・ジャパン・ツアーということで、演奏の曲目などに目新しさはあまり期待できないという話だったが、2013年がスタンド席で不完全燃焼感が残っていたので、クラウドサージでアリーナ席が購入できたらと行こうということで、チケット発売時間にパソコンの前でスタンバイ。結果、ステージの真正面ではないが(前の方のブロックのステージ正面の席の多くは一般販売には回されていないという話も)、前から5列目という席を確保。そこから撮った写真が冒頭の写真。もちろん、こそこそ撮ったわけではなく、スマホやコンパクトデジカメの持込みと静止画の撮影はオーケーだった。これもこの間大きく様変わりした点。

予想通り演奏曲目は2013年とほとんど同じだったが、素晴らしい雰囲気のライブを堪能してきた。

しかし、ワンパターンではあるのだけれど、やはり、ヘイ・ジュードの最後のところの聴衆の大合唱はよかった。

あけましておめでとうございます

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アパメア遺跡と羊群

皆様、あけましておめでとうございます。

本年もよろしくお願いします。

写真はシリアのアパメア遺跡で出会った羊飼いと羊群。

ここを訪れたのは2009年3月。

その後、内戦が勃発して、今はいつ再訪できるかわからない状態。

シリアで出会った人々はどうしているのだろうか。

夜汽車での帰省

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急行はまなすー青森駅

久し振りに列車で帰省した。

盛岡で友人と再会後、はやぶさで新青森へ。

この日(26日)の東北地方は大雪で、新青森から弘前方面への乗り継ぎ列車は運休。

幸い青森へは臨時列車が運行され、札幌行きの急行はまなすに乗り継ぐことはできた。

普通車はきついので、指定券発売日に寝台券を確保したが、冬休みに入っているためだと思うが、はまなすという列車自体が人気なのか、上段しか取れず、乗車してみると、「指定席、寝台ともに満席です」という車掌のアナウンス。

乗客のなかには相当数の鉄道ファンがいたよう。

若干定刻より遅れて10時40分くらいに出発した列車は順調に走って行き、途中から揺れがほとんどなくなり、走行音もゴーッというものになり、青函トンネル内を走っているのが実感できた。

そんなことがわかったということは、眠れなかったということで、0時20分ころには寝台から抜け出して通路に出て外を眺めていた。

深夜だが並行して走る道路やそこを通行する車がみられた。

やがて、トラピスト修道院入口という道沿いのサインが見え、渡島当別駅を通過した。函館はもうすぐだ。

そんななか、先頭車両へやってくる鉄道ファンが何人か(僕の乗車している車両が先頭車だった)。。。

もしかして函館で機関車の付け替えかと思って、停車後ちょっと覗いてみると、大勢がカメラを持って機関車を撮影していた。

函館では、進行方向が変わったので、函館までは、彼らにとってより重要な機関車が引っ張っていたのか? その辺の事情はよくわからないが。。。

函館からまた寝台に戻ったが、やはりあまり眠れず。

やっと眠りに落ちたと思った頃に(実際には3時間くらいはたっていたと思う)、苫小牧着くという車掌のアナウンス。

そして、定刻より10分くらい遅れて、6時20分頃、札幌着。

寝台車がどんどんなくなって行く現在、貴重な時間を過ごすことができたと思う。

グアテマラの土産物を飾ってみた

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お土産色々

さて、久しぶりの投稿です。

グアテマラの土製の鳥のミニチュアをつるすものを、わざわざ作ったので、色々なガラクタを加えて撮影してみました。

ある場所に並べたのですが、すでに撤去しました。

般若心経の提灯で飾られた寺

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2014提灯で飾られた寺

毎年1月、ある時期まで般若心経(だと思う)の提灯で飾られる寺があり、ちょっと気になっていた。

寺の建物自体は真新しいのだが、この時期だけ、けっこう趣があるのだ。

ということで、今日、仕事の帰りに遠回りして撮ってきた。

明るいレンズのコンデジも新調したことだし。

東京から見た薄暮の富士山

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富士山夕景

東京は冬晴れが続いている。

今日は休みだったので、いつもの場所に走りに行った。

その途中、富士山がよく見えたので、もしかしたら夕焼けが見られるかもと思い、家に帰ってクールダウンして、着替えたあと、カメラを持って、再度出かけてみた。

日没の時刻はすぎており、夕日は見られなかったが、茜色に染まった空を背景とした富士山のシルエットは見ることができた。

明けましておめでとうございます

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祁連山脈

皆様、新年明けましておめでとうございます。

今年も、あまり頻繁な更新はできないと思いますが、よろしくお願いいたします。

なお、現在、古いページのコンテンツをメインサイト(sonosakino)にアップする作業を少しずつ進めていますが、写真の再スキャンや、サイズの修正などが、思いのほか大変な作業で、全部終わるまでには相当時間がかかりそうです(月単位というより年単位かも)。

写真は中国の祁連山脈。

忙中閑あり

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飛鳥山公園の紫陽花

何年も前から、電車から見て気になっていた、飛鳥山公園の紫陽花を見てきた。

西洋紫陽花、日本の紫陽花とりまぜて、350mほどにわたって植えられている。

花を見る以外に、先日購入した、オリンパスのマイクロフォーサーズ一眼の試し撮りも目的。

軽いし、使い勝手もよい。写りの方は、もっと使わないと何ともいえないが、旅の記憶の補助に毛の生えた程度の写真しか撮らない(撮れない)ので、必要にして十分だと思う。

夏の旅が楽しみだ。

じゃがポックル、生キャラメルの次はこれか?

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焼とうきび

札幌土産のロングセラーといえば「白い恋人」だろうが、 一時期、札幌、もしくは新千歳空港のお土産屋で入手が難しかったのが、じゃがポックルと生キャラメル。

まず、じゃがポックルだが、ブームの最盛期は4年前くらいだったか?

当時、仕事で毎週札幌へ行っていたのだが、新千歳空港で見かけられることの方が少なかった。

それから少し遅れてブームになったのが、花畑牧場の生キャラメル。いまでは北海道外でも簡単に手に入るらしいが、数年前はなかなか買えなかった。

その後、購入が困難になるほどの人気商品は現れていないようだが、写真の「札幌おかき焼とうきび」はけっこういけそうな感じも。

まず、味だが、とうきび風味がなかなかで、適度な塩味。

また、袋で小分けにされており、ばら撒き用の土産に適している。

もちろん北海道限定。

さて、今後どうなるか?

自分は帰札のたびとまではいかないと思うが、時々買ってしまいそう。

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貸切状態

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201103キロロリゾート

キロロリーゾートなるところへスキーに行ってきた。

写真は午後1時過ぎに撮ったものだが、バーンには人がいない! 貸切状態だ。

実はこの時間帯、このバーンに人がいなかっただけなのだが、比較的人の多いところでも、やはり閑散としていた。

3月末とはいえ雪質は良好だし、平日ではあるが、春休み中でもあるし、いつもの年ならばもっとにぎわっているのだと思う。自粛なのだろうか?

それから外国人の姿がほとんど見られなかった。香港、台湾からのお客さんはもちろんのこと、オーストラリア人の姿も。

近年、オーストラリアからのスキー客は非常に多く、特に多いのはニセコらしいが、キロロも特にオーストラリア人への対応のためか、場内放送は日本語と英語の二本立て。そして、そのアナウンスのかわっているところは、日本語よりも英語の方が流暢ということ(高校生と思われるグループがたどたどしい日本語アナウンスと英語の流れるようなアナウンスのギャップにうけていた)。つまり、担当者は英語圏の人ということ。

そういう人を雇うくらい、オーストラリア人客は多いということなのだろう。

しかし、今回の震災の影響、とりわけ原発事故の影響で外国人の客足はぱったりと遠のいてしまったそう。一番人気のあるニセコも閑古鳥が泣いているという。

スキー場の中心の建物になっているマウンテンホテルにはやはり義援金の募金箱が置かれていた。
自分も、こうしてスキーができることに感謝しつつ微力だけれど協力。

海のエジプト展

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明日・あさっても仕事に拘束され、さらに締切仕事もあって、ちょっと忙しいです。これを乗り切るとしばらく休めるので、もう少しの辛抱。


先週の金曜日、仕事が早く終わったので(早く終わることがわかっていたので)、パシフィコ横浜で開催されている「海のエジプト展」へ行ってきた。パシフィコ横浜の最寄駅はその名も「みなとみらい」。初めての訪問だが、なるほど近未来都市という雰囲気だ。

さて、仕事が早く終わったとはいうものの、みなとみらいに着いたは4時40分ころ、海のエジプト展の入り口に着いたのは4時45分すぎだったか?
何も調べていかなかったのだが、入場締め切りは5時。もうすこしぐずぐずしていたら危ないところであった。

海のエジプト展は、アレクサンドリアの沖合から引き上げられた遺物を紹介する展覧会で、巨大なファラオや女神、スフィンクスなどの石像や、宝飾品、コインなど約490点が公開されている。

エジプトは3度行っているが、アレクサンドリアへは行ったことがなく、「アレクサンドリア」という地名へはあこがれのようなものも感じている。さらに僕は基本的に遺跡好きで、古さと大きさに大きな価値を感じている。というわけで、古代エジプトの遺跡・遺物はその条件をみたすものであり、その意味でも今回の展覧会は、自分にとって興味深いものだった。

しかし、一番の印象に残ったのがガチャガチャ(笑何かと思われるかと思うが、公式フィギュア11種類が1回300円のガチャガチャで販売れていたのだ(というか行く前から知っていた)。

実は、僕は遺跡へ行くと土産物屋さんで、博物館へ行くとそこのショップで遺跡・遺物のミニチュアをさがす、必ずと言ってよいほど。そんな自分にとって、今回の公式フィギュアは魅力的すぎるものだった。しかし、ガチャガチャとは?! 選べないじゃないか! う?む。だぶりなしで11種類引き当てることは無理だし、あまり熱くなりたくもない。

記念の1回でやめておこうと心に決め、ガチャ・ガチャ。出てきたカプセルを開くと、ファラオ像。これがよくできている。制作は海洋堂というその筋では有名な会社らしい。う?む、もっと欲しい。ということで、合計3回ガチャガチャしてしまった。4回5回とやりそうな勢いになったが、「入場料2300円を含めて3000円を超えたよ」自分に言い聞かせて撤退とあいなった。

しかし、こいうのってコンプリートをめざして頑張っちゃう人がたくさんいるのだろうなあ。 以下が僕のひいたフィギュアたち。


ファラオ像

ファラオ象。実物の像の高さは5m。



聖蛇ウラエウスの護符とウジャト形ビーズ

聖蛇ウラエウスの護符とウジャト形ビーズ。

特に気いったのは、ウジャトつまりホルス神の目のビーズ。現物はものすごく小さなもので、これはミニチュアの逆のフィギュア。



カエサリオンの頭部

カエサリオン像の頭部

これはクレオパトラがカエサルとの間にもうけた子、つまりプトレマイオス15世と考えられる像。海に沈んだ情景を表現したもので、首のあたりにみえる赤いものはカニです。芸が細かいです。
実は、もう2~3回ガチャガチャやってもよかったかもと、今になって思ってます(笑

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