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シャウエン <3月4日続き>シャウエンは前回のモロッコ旅行のとき(1999年)も訪れようとした町である。当時の『地球の歩き方』には「斜面に広がる旧市街(メディナ)には白く塗られた住居が立ち並んでいる」くらいのことしか書かれておらず(”青”色を強調した記述はなかったと思う)、その記述はじつに素っ気のないものでアクセスについてもほとんど書かれていなかった。『Lonely Planet(以下ロンプラと略す)』という英語のガイドブックを見ればそれなりの記述があるのだろうが、ロンプラを入手してでも何とか行きたいというほどではなかった。 しかし、良さそうなところではという予想はできたので、モロッコに入国してから何とか行けないものかと考えた。そこで、メクネスでバスの便を調べたのだが、ちょうどよい便がなく、結局、シャウエン行きを断念したのだった。 バスを降りてメディナ方面に向かって歩いていくと、あるモロッコ人に話しかけられた。ホテルの客引きでもなさそうで、「シャウエンにようこそ」とか言っていたが、最後に「ドゥー・ユー・スモーク?」ときた。シャウエンはハッシッシでも知られる旅行地らしいが(現在どうなっているのかは知らない)、それを売ろうという族のようだった。一言「吸わない」というと、男はすぐに離れていった。 メディナのマグゼン広場に面したシャウエン一の高級ホテル(とはいっても目玉が飛び出るような宿泊費ではない)に部屋を取った後すぐに街歩きに出た(この旅行ではホテルにちょっとだけ金をかけようと思っていた)。 2004年当時、シャウエンは家々が青く塗られている街として知られ始めていたが、そんなに”青”という感じではなかった。現在、ネット上などで見られるシャウエンはものすごい”青い街”で、そのようになったのはいつ頃からなのだろうか? 観光客が増えるにつれて、より多くの客を呼び寄せようととして、この街に住む人々が家々を青く塗っていったのだと思うが、それを一層進めることになったのは、SNS映えの追求という風潮なのだろう。しかし、鮮やかな色を維持するには頻繁な塗りなおしが必要なはずで、裕福ではない家にとってはけっこうな負担と思われる。
シャウエンの次はどこへ行くか未定だった。タフロウトに行くため、その経路上に位置するアガディールに一歩でも近づくというのが基本的な方針だったが、スペインから一気にシャウエンまでやって来れたので、1日だけ余裕ができた。そこで、急浮上したのがフェズの迷路で「ひと迷い」を楽しむというプランだった。 しかし、シャウエンは次への移動が難しい町だった。シャウエン始発のバスは極めて少なく(唯一の例外はテトゥアン)、バスに空席があるかどうか読めないのだ。かつ、『地球の歩き方』や『ロンプラ』では詳細なバスの時刻がわからない。 バスがなければウェザーンという町までグランタクシーで出て、そこでバスをつかまえるという手もあると『ロンプラ』にはある。まあ、出たとこ勝負だ、ということに決め寝ることにした。 |




















