海外旅行記インデックス→渡航先一覧

 1.アジア
4泊5日北京の旅
1986年8月、北京を旅したときの記録。初の海外旅行だったが、この後の自分の海外旅行の傾向(途上国中心の一人旅)を決定づける旅となった。また、自転車世界一周の旅に出る方と出会ったこともよい思い出。
中国春旅
1987年3月、広州、桂林、昆明、大理、西安、上海を旅したときの記録。広州の食品市場、桂林から昆明へ移動する列車の車窓に広がる菜の花畑、大理近郊沙坪の月曜市はとても印象に残った。
インド定番観光地巡り
1992年8月、インドを旅したときの記録。アーグラー、ジャイプル、バナーラス(ヴァーラーナスィー)、アジャンタ、エローラなどを駆け足で巡った。
カザフスタン・中国陸路国境越えの旅
1993年8月、ウズベキスタンを訪れ、その後、カザフスタンから鉄道で中国へ入る旅をした時の記録。
北京-新疆-四川大移動旅
1995年8月、カザフスタンとの国境近くにあるサリム湖(新疆ウィグル自治区)を第一の目的地として計画を立てた旅だったが、トルファンの裏道やピチャンの砂漠、楽山の大仏など収穫の多い旅だった。
カンボジア・ベトナム・マカオ・香港
1997年3月、カンボジア・ベトナム・マカオ・香港を巡った時の記録。アンコール遺跡群はやはりすごかったし、カンボジア内の水路移動、カンボジア・ベトナム陸路国境越えも面白かった。また旅の終わりにはマカオのカジノで小さな一勝負をした。
ヒマラヤを越えて
1998年8月、カトマンズからヒマラヤを越えてラサへ行った時の記録。
炎熱の中央アジア
1999年8月、ウズベキスタン・アゼルバイジャン・トルコを旅したときの記録。
カンチェンジュンガに会いに行く
2003年3月、インド北東部のダージリンにカンチェンジュンガ(世界第3位の高峰)とダージリン・ヒマラヤ鉄道を見に行った時の記録。
南インド駆け足紀行
2006年3月、インドはムンバイ、コーチン、マドゥライ、チェンナイをめぐった時の記録。バック・ウォーターは思わぬ収穫だった。
香港・広東省行き当たりバッタリ旅
2008年1月、香港・広東省の開平・広州を旅したときの記録。
開平再訪
2009年4月、中国広東省の開平を再訪したときの記録。
上海の隠れ家ホテルに泊る
2009年12月、上海と西塘を旅したときの記録。
雲南農地紀行
2010年3月、中国雲南省の広大な菜の花畑と棚田を見に行ったときの記録。棚田観光の後、陸路ベトナムの入り、ハノイの街歩きも。
ケララ、ラジャスタン組み合わせ旅
2011年3月、インドのケララ州、ラジャスタン州を旅したときの記録。
福建土楼
2012年4月、中国福建省に客家土楼を見に行ったときの記録。
アンコール遺跡群再訪記
2012年12月、久しぶりでアンコール遺跡群を訪れたときの記録。
インドネシア、遺跡・農地紀行
2013年8月、インドネシアへサトウキビ運搬列車、ボロブドゥール、棚田などを見に行ったときの記録。
ミャンマー・パヤー・パヤー
2015年1月、ミャンマーのヤンゴン、バガン、マンダレー、インレー湖などをめぐったときの記録。
シンガポールでサッカー観戦、後、マレーシア旅行
2015年4月、シンガポールでサッカーの試合を観戦し、その後、マレーシアのマラッカ、ペナン島などを旅したときの記録。
元陽棚田再訪記
2016年8月、中国雲南省元陽の棚田を再訪したときの記録。
アンコール遺跡群でちょっと避寒
2017年2月、アンコールワット遺跡群を再々訪したときの記録。
ちょっとだけ中国の内蒙古・東北地方を鉄道で旅してみた
2017年8月末から9月初めにかけて、中国の内蒙古自治区・東北地方を鉄道で旅したときの記録。帰途、94年以来の北京に寄ったが、最終日、思いがけず真っ青な空が見られた。
東チベット尼僧集住都市への旅
2018年9月、中国四川省西部、東チベットを旅した時の記録。アチェンガルゴンパの眺めは最高だった。
ちょこっと香港
2018年12月、2泊3日で香港を訪れたときの記録。益昌大廈の持つ独特の雰囲気が良かった。
 2.中東・ヨーロッパ
エジプト・ヨルダン・シリア・トルコ・ギリシャ移動旅
1990年3月、エジプト、ヨルダン、シリア、トルコ、ギリシャを旅したときの記録。
フランス・モロッコ・スペインの旅
1991年3月、パリからモロッコのマラケシュに飛び、ワルザザート、ザゴラ、フェズを回った後、海路スペインに渡り、グラナダ、セビリア、マドリード、セゴビア、バレンシア、バルセロナなどを旅した時の記録。バレンシアでは火祭りを見ることが出来た。
またまたトルコ・ギリシャに行って来た
1992年3月、トルコ・ギリシャを旅したときの記録。この旅はトルコ旅行をかなり頻繁に繰り返す起点(契機ではない)となった。今は残っていないパムッカレの石灰棚の上にあるホテル(石灰棚保全のため数件あったホテルは皆廃業・取壊しとなった)に泊ったことがよい思い出となっている。
エジプト~トルコ移動旅再び
1993年3月、90年以来再びエジプト、ヨルダン、シリア、トルコを移動する旅をしたときの記録。90年とは異なり、エジプトからヨルダンへの移動はヌエバ~アカバ間のフェリーを利用。シリアでのボスラ遺跡訪問は内戦で旅が不可能になった今となっては貴重な旅となった。
ギリシャ・トルコ遺跡旅+ちょこっとイギリス
1994年3月、ギリシャ・コス島から船でトルコ・ボドルムに渡りあちこちの遺跡をめぐったときの記録。帰途にはイギリス駐在中の友人に会い、ついでにストーンヘンジも見物。
トルコ旅リピートは続くよどこまでも(1994夏)
1994年7月、またまたトルコを訪れた時の記録。スメラ僧院(トラブゾン)は霧雨にたたられたが、イサク・パシャ・パレス(ドゥバヤズィット)やクズ・カレシ(メルスィンとスィリフケの中間)は収穫だった。
サハラ砂漠の端っこに行って来た(チュニジア)
1995年3月、チュニジアを旅したときの記録。サハラ砂漠の端っこに位置するベルベル人の村が興味深かった。そして帰りがけにイタリアはアルベロベッロに寄り道。
ハッピー・アラビア~イエメン~
1996年3月、最も伝統的なアラブの生活が残されているといってもよいイエメンを訪れた時の記録。イエメン建築が実に興味深かった。
シチリア(イタリア)・チュニジア組合せ旅
1998年3月のイタリアのシチリアとチュニジアを旅した時の記録。アグリジェントの神殿群(イタリア)は見ごたえがあり、マトマタ(チュニジア)の穴居住宅と同じ構造のホテルは興味深かった。
モロッコいんちきガイドリベンジ旅
1999年3月のモロッコ旅行の記録。インチキガイドにつきまとわれ自分のペースで旅行ができなかった91年3月のモロッコ旅行のリベンジに成功。91年の写真も載録。
かなり発作的にベルガマ(トルコ)に行って来た
1999年4月、急に思い立ってトルコはベルガマへ行った時の記録。ベルガマの後、少しだけブルサ、イスタンブールも観光。
そうだ、レバノン・シリア行こう
2001年3月、レバノン・シリア・ヨルダンを旅したときの記録。
イタリア・チュニジア遺跡旅
2001年8月、イタリアはシチリア島とチュニジアの遺跡を中心にめぐった時の記録。
フランス・トルコ組合せ旅
2002年8月、フランスとトルコというちょっと変わった組合せの旅をした時の記録。
東トルコ行きあたりバッタリ旅
2003年8月、東トルコを行きあたりばったりで旅したときの記録。
イタリア・チュニジア遺跡旅2
2005年8月、イタリアのローマ、セリヌンテ、チェファルー、チュニジアのスベイトラ、マクタール、ケロアン、マハディア、モナスティール、エルジェム、シディ・ブ・サイド、カルタゴを巡った時の記録。
少しだけモロッコ
2006年8月、モロッコのアルジャディーダ、マラケシュ、エッサウィラを駆け足で巡った時の記録。
イエメン再訪記
2007年8月、ドバイ経由でイエメンに再訪したときの記録。
東京発、ローマ・鹿島経由、イスタンブール行きの旅
2008年3月、まずイタリアへ行き、いったん帰国してサッカー観戦の後、再度出国しトルコへ行ったときの記録。
フランス・モロッコ・スペイン散漫周遊旅
2008年8月、フランス、モロッコ、スペイン、フランスとかなり行き当たりばったりで旅したときの記録。
シリア、ちょこっとヨルダン・イタリアの旅
2009年3月、シリア、ヨルダン、イタリアを旅したときの記録。
長い名前の傑作木造教会を訪ねて
2009年8月、ロシア、エストニア、フィンランドを旅したときの記録。
4泊5日アッシジ・フィレンツェ・ローマの旅
2010年4月、4泊5日(機中1泊)でイタリアを旅したときの記録。フィレンツェでのサッカー観戦は、その後海外でサッカー観戦を繰り返すきっかけとなった。
サッカー観戦のためイタリアへ行ってきた
2011年4月、イタリアのミラノへサッカーを見に行ったときの記録。ジェノヴァ、ヴェネツィアにもミラノから日帰りで訪問。
カッパドキアで空中散歩
2011年8月、トルコのカッパドキアなどを旅したときの記録。
サッカーを見るためポルトガルに行って来た
2012年2月、かつてコンサドーレに在籍し、2012年当時FCポルトで活躍していたフッキを見るためポルトガルを訪れたときの記録。
4度目のシチリア島
2012年3月、イタリアのシチリア島に行ったときの記録。主な目的地は映画「ニュー・シネマ・パラダイス」の舞台となった村パラッツォ・アドリアーノやアーモンドの花が咲くアグリジェント。
アニ遺跡、のちイスタンブール、パリ
2012年8月、トルコ、フランスを旅したときの記録。
トルコの未訪問遺跡へ
2013年3月、トルコの地中海沿岸にある未訪問の遺跡(クサントス、レトゥーン、パタラの3遺跡)を訪ねたときの記録。イスタンブールでは友人と合流してツアーコンダクターの真似事のようなことも。
イベリア半島の果てへ-ポルトガル-
2013年4月、ポルトガルを旅したときの記録。
ヴェネチア、ミラノ小旅行
2014年3月、イタリアのヴェネチア、ミラノを旅したときの記録。ヴェネチアでは岩倉使節団の公式記録『米欧回覧実記』中の挿絵にある風景をさがすとともに、ブラーノ島、ムラーノ島にも足を伸ばしてみた。ミラノではジュゼッペ・メッツァ・スタジアム(サン・シーロ・スタジアム)で長友が所属するインテルの試合を観戦。
変化を続ける国トルコを実感する旅
2015年10月、トルコを旅したときの記録。
ユーラシア大陸陸路横断の旅の落穂拾いへ(スペイン)
2015年6月、スペインを旅したときの記録。
南イタリアの白い街を訪ねて
2016年4月、イタリアを旅したときの記録。
ユーラシア大陸陸路横断の旅の落穂拾いへ(ポルトガル)
2017年6月、ポルトガルを旅したときの記録。やっぱりマルヴァオンはよかった。
冬のチンクエ・テッレに行ってきた
2017年12月、イタリアのチンクエ・テッレなどを旅したときに記録。
歩いた(少し走った)スペイン・モロッコ
2018年6月、スペイン・モロッコを旅したときに記録。ラマダン期間中ということを考慮せずに計画を立てたが、結局は旅程の大幅修正を考えつつ出発。
イスタンブールでガラタサライの試合を見てきた
2019年2月、イスタンブールでUEFA ヨーロッパリーグのガラタサライvsベンフィカの試合を見てきたときの記録。イスタンブールの前後にウィーン、アテネにも訪問。
トルコの東北、かつてグルジア、今ジョージア
2019年6月、ジョージアを旅したときの記録。往路、ラトヴィアのリーガに寄り、帰国前にパリでFIFA女子ワールドカップのなでしこジャパンの試合を観戦という詰め込みまくった旅。
トルコのあちこち
かなりの回数訪問しているトルコの各地の写真、一部簡単な旅行情報(かなり古い)など。
 3.中南米
メキシコ・グアテマラ遺跡旅
2000年3月、メキシコのテオティワカン、グアナファト、チチェン・イツァー、グアテマラのアンティグア、ティカルなどを旅したときの記録。
雨季のボリビア、晴れ間ねらいのギャンブル紀行
2005年3月、ボリビアのウユニ塩湖のみを目的に旅したときの記録。果たして雨季の晴れ間に恵まれるのか?
米との国交正常化でどうなる、キューバ紀行
2016年1~2月、キューバを旅したときの記録。
 4.ユーラシア大陸陸路横断踏破記
中国シルクロード紀行
1987年8月、新疆ウイグル自治区を中心に旅したときの記録。
パミールを越えて
1991年8月・9月にパキスタンからクンジェラーブ峠を越えて中国新疆ウィグル自治区に入った時の記録。
上海・北京の旅
1994年10月、4泊5日で上海・北京を旅した時の記録。上海から入国、鉄道で北京へ移動して北京から帰国。ややくすんでいたものの長城では紅葉が楽しめ、また、天安門の上に登ったのはよい思い出となっている。
イラン‐トルコ陸路国境越えの旅
1996年8月、イランのペルセポリス、シラーズ、イスファハンなどを巡った後、陸路トルコに入国した時の記録。トルコのネムルート山は大きな収穫だったが、その後、酷い食中毒症状に襲われ、旅の進行はズタズタになってしまう。
アジア陸路横断の未踏破区間(イラン-パキスタン)をつぶす
1997年8月、トルコでイランのトランジットビザを取得後、アジア陸路横断の未踏破区間(イランのイスファハンからパキスタンのギルギットまで)を旅した時の記録。
イタリア・クロアチア・イタリア・ギリシャ・トルコ移動旅
2002年3月、イタリアから船でクロアチアに渡り、再び船でイタリアに戻った後、またまた船でギリシャに渡り、鉄道でトルコに移動したときの記録。ユーラシア陸路横断ルートのうち、イグメニッツァ(ギリシャ)~イスタンブール(トルコ)を踏破。
ギリシャ~イタリア陸路の旅
2007年3月、ギリシャ・アルバニア・モンテネグロ・クロアチア・イタリアと陸路の旅をしたときの記録。ユーラシア陸路横断ルートのうちイグメニッツァ(ギリシャ)~ミラノ(イタリア)を踏破。
ミラノ発ロカ岬行き陸路の旅
2010年8月、ユーラシア陸路横断ルートのうち、残ったイタリアのミラノからポルトガルのロカ岬までを踏破したときの記録。
 5.その他
世界一周航空券の旅
2014年6月、世界一周航空券を利用して旅したときの記録。ウイーンをちょっと散歩、サントリーニ島でこれぞギリシャという景色を堪能、スペインのアンダルシアで広大な向日葵畑を見物、ブラジルでFIFAワールドカップの日本とギリシャの試合を観戦、ペルーでナスカの地上絵を再び観覧、ニューヨークでヤンキースの試合を観戦(イチローが出場)、と盛りだくさんの3週間だった。
世界の市場
世界各地の市場の写真など(今は様子が変わってしまった=見られなくなった所もあると思います)

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