イスタンブールで時間つぶし2

8月25日。
今日も何をして時間を使おうかと思案。

時間をつぶすだけならばボスポラス海峡の奥の方まで行って帰ってくるクルーズが最適だが、もう3度も乗っているし。。。

どこの行くべきか決めぬままホテルを出たが、足が自然とアヤソフィアの方へ向いた。ここは相当訪れているが、自分にとっては決して飽きないところだ。しかし、中に入ると、やはり修復のための足場が組まれていた。



アヤソフィア。




アヤソフィア。キリスト教とイスラム教が共存する不思議な空間。いつもこれを見るために訪れていた。







アヤソフィアで最も有名といってもよいであろうモザイク画「デイシス(請願図)」




「デイシス(請願図)」を近くから。




聖母子に寄進する皇帝ヨハネス2世コムネノス、皇妃エイレーネー。




出口部分で見られる聖母子、ユスティニアヌス帝、コンスタンティヌス帝のモザイク。



アヤソフィアを出たあと、何となくベヤズィト方面に歩いてバス乗り場に出た。そういえば金角湾の奥にあるエユップにしばらく行っていない。まっすぐエユップに行くのも何だから、その前に城壁のそばにある、こちらも久しく行っていないカーリエ博物館に行こうという気になった。

しかし、カーリエ博物館に行くと、あいにくの休館日。何曜日が休館日かはガイドブックににちゃんと書いてあるが見ないで出かけてしまった。無計画に歩くとこういうことになるが気にしない。これも時間つぶしだ。カーリエ博物館は明日ということにして、さきほどバスを降りたところまで戻りドルムシュでエユップへ向かう。



エユップ・スルタン・モスク。預言者ムハンマドの弟子アイユーブ・アル・アンサーリーがまつられ、オスマントルコの歴代のスルタンが即位するときに聖剣の授与を行ったという由緒正しいモスク。




エユップ・スルタン・モスクの裏手の山にあるピエール・ロティのチャイハネから金角湾を望む。




ピエール・ロティのチャイハネでエルマ・チャイ(りんご茶)。



昼過ぎ、エユップから旧市街の中心地に戻り昼食。そして、トプカプ宮殿へ向かった。この日は、トプカプ宮殿内でオスマントルコの軍楽隊の演奏が行われるはずの日。ただ、古い『歩き方』しか持っていないので、あてにはならない。



トプカプ宮殿からガラタ塔を望む。




トプカプ宮殿から旧市街を望む。




トプカプ宮殿。




トプカプ宮殿。




トプカプ宮殿。




トプカプ宮殿。




トプカプ宮殿の有料エリアを出てから振り返って1枚。写っているのは挨拶の門(ここから向こうが有料エリア)。




挨拶の門方向をさらにもう1枚。夏の観光シーズンはいつもこのように混雑している。



結局、トプカプ宮殿に軍楽隊は現れず、ホテルへ戻って一休み。

1時間くらい休んでまた外出。目的地はルメリ・ヒサル。オスマントルコがコンスタンチノーブルを攻略する直前に築いた城塞である。ここもすでに訪問済みだが、なんとなく行きたくなった。しかし、ホテルを出たのが3時半すぎ。エミノニュではバスがみつからずタキシムまで出た。ここでも何も調べず行動したため大量の時間ロス。結局、バスに乗ったのは5時近く。さらに、そのバスはべシュクタシュあたりで大渋滞にはまってしまった。ということでルメリ・ヒサル行きはあきらめて、べシュクタシュから船に乗って、アジア側のカドゥキョイへ渡り、また船に乗ってヨーロッパ側に戻った。まったく何をやってるんだ、という感じだが、ヨーロッパ側とアジア側を結ぶ船の雰囲気が好きで、イスタンブールに来たら必ず乗るので、これはこれでいい。



カドキョイ行きの船から見たハイダルパシャ駅。



アジア側からヨーロッパ側に戻ってきた。



夕食は、タキシムに出て日本料理を食べた(別に日本料理が恋しかったわけではないのだが)。1988年、初めてイスタンブールに行ったとき、日本料理レストランは「ゆめや」という店が一軒あるだけだった。今思うと、まだ日本ではトルコ旅行が一般的ではなく、イスタンブールが旅行者にとって遠い存在で、何か夢のなかにあるようなモヤッとしたイメージしかなかった時代にぴったりの店名だった。残念ながらそこで食べる機会を得ぬまま、いつの間にかなくってしまったが、やがて何軒もの日本食レストランが営業を始めた。時代の移り変わりを感じる。