ちょっとカッパドキアへ

<6日目>
7時40分ころ、近くのレストランで朝食(ホテルは朝食付きではなかった)。値段は、大きなカップに入ったチャイ、スープ、オリーブ、チーズ、バター、そしてパンで日本円で140~150円くらい。当時のトルコの田舎はまだまだ物価が安かった。

9時半のバスでエルズルムに向けて出発(チケットは前日に購入済み)。

14時30分、エルズルム到着。

すでに書いた通り、この時はクルド人過激派のテロが特に東部トルコで横行していたので、この後は比較的安全そうな地中海沿岸に出ようと考えていた。ただ、詳しいメモがないのではっきりしないが、エルズルムから先は出たとこ勝負でいくつもりだったのだと思う(クズ・カレシやスィリフケ近郊の遺跡のことは念頭にあったと思うが)。

メモによるとエルズルム到着後、バックパックをオトガルの荷物一時預かりに預けてタクシーで鉄道駅に行った(歩ける距離だったが市内観光の時間を確保するためか?)。この日の夜、適当な夜行列車があればそれで移動、もしなければ夜行バスでどこかへ移動、もしくはこの日のうちにどこか適当な場所(次の移動が容易な場所)へ移動ということを考えていたのだろうか。

しかし、結局、エルズルム市内を少し観光した後、オトガルで荷物をピックアップして駅近くにある、前々日泊ったホテルにチェックイン。



チフテ・ミナーレ。セルジューク朝期(11世紀後半から13世紀半ば)の建物。




チフテ・ミナーレ




チフテ・ミナーレ。




ヤクティエ神学校。イル・ハーン朝の時代の1310年建設。ミナーレの文様が印象的。




<7日目>
この日は当時まだカッパドキア観光の拠点だったネヴシェヒールまで移動した(地中海沿岸に出たいのだがカッパドキアからメルスィンが意外と近かったからだと思う)。

10時半発のバスで出発(バスの最終目的地のメモはない)。

エルジンジャン(13時30分)、シヴァス(17時40分)などに寄りながら、20時10分カイセリに着いた。

目的地ネヴシェヒールまではもう少しで早く出発して欲しかったが、バスは夕食タイムとなった。

20時45分に出発し、22時10分、ネヴシェヒールの中心部でバスを降りた(勝手知ったる街でよかった)。

バスを降りてすぐのところにあったホテルの部屋を確保し、持参のコイル式ヒーターでお湯を沸かし、これも持参のココアを飲む。長時間の移動で疲れた体に甘いココアがしみた(と思う)。



<7日目>
8時半、チェックアウト。

オトガルへ行き(当時は歩いて行ける場所にオトガルがあった)、13時半発のメルスィン行きのバスチケットを購入(このバスの最終目的地はメモがないのでわからない)。

エマネト(荷物一時預け)にバックパックを預けて身軽になり、9時発のギョレメ行きのバスに乗った。

9時20分、ギョレメ着。

メルスィン行きのバスが出るまでそんなに時間はない。ということで、ギョレメ屋外博物館だけを見てネヴシェヒールに戻ることにした。

ギョレメ屋外博物館はギョレメの街からは散策には丁度よい距離なので歩いて行った。



ネブシェヒルのホテルの部屋から撮った写真だと思う。




ギョレメ屋外博物館。




ギョレメ屋外博物館から遠くを望む。




ギョレメ屋外博物館(上の写真の少し右側を望む)。




ギョレメ屋外博物館に残る教会に描かれた素朴なフレスコ画。教会内部の写真撮影は、その後禁止されてしまった。




このようにかなり色彩鮮やかなフレスコ画も。




ギョレメ屋外博物館入口より少しギョレメの街寄りにあるトカル・キリセという教会。壁画の青が綺麗。ここも現在は写真撮影禁止。




トカル・キリセ。




トカル・キリセ。




ギョレメ屋外博物館のあたりからウチヒサル方面を望む。




ギョレメ屋外博物館からギョレメの街を戻る際、振り返って撮った1枚。




ギョレメ屋外博物館からギョレメの街へ向かう道。