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日商岩井の偽社員になる (3月16日)6時、ホテルをチェックアウトし、タクシーで空港に向かい、6時半ころ到着。運転手とは15ポンドで交渉が成立していたのだが、降りる際に20ポンド紙幣を出すと釣りがないと言われ、2ポンドだけ釣りをもらってタクシーを降りた。本当なら空港で両替してでも、15しか払わないところだが、そんな気力は微塵もない。 飛行機のチェックイン・出国手続きを済ますと、早速トイレに直行した。しかし、ここのトイレ、ちゃんとトイレ係がいて、紙をくれたり手をかわかす温風機のスイッチを入れてくれたりする。彼らはこうして客にサービスしてバクシーシをもらって、それを生活の糧にしているらしい。これはこの国のシステムだから、何がしかの金をおいてきた方がいいとは思うのだが、何せこちらはひどい下痢なのだ。このあと何回トイレにかけこむかわからない。そのたびにバクシーシを払っていてはたまらないし、そんなに小銭も持っていない。悪いけれど払わない。 ところで、使い残しのポンド紙幣を再両替しなければならない。銀行の窓口に行くと、何と「出国手続きの前でしかやっていない」という。同じく再両替を断られた欧米人は「クレイジー」と言って、なんとかもう一度外へ出て再両替をしようとしていたみたいだが、こっちにはそんな元気はない。幸い、30ポンド(12~13ドル)くらいしか残っていなかったので被害は少なかった。 それにしても、ひどい脱水状態で、口が乾いてどうしようもない。この再両替の交渉でも、舌が口にふっついてしまって、なかなかしゃべられなかった。水分補給が必要だ。トイレに駆け込むことを恐れてはいられない。意を決してカフェテリアへ行き、紅茶を飲んで一息つく。出発の8時半まであと1時間。この間に何度トイレに駆け込むのか? ところが、このころから寒気が激しくなってきた。37~38度という程度の熱ではおさまらないと直感する。一応解熱剤を飲むが、脱水状態だからほとんど効かないだろう。必死でふるえをこらえるのだが、とまらないというひどさだ。もう一度トイレに行ってから搭乗待合室に移った。ここで日本人のビジネスマンらしい一行を見かけたので、アンマンの医療事情を尋ねることにした。医者は信頼できると言われ、今度はホテルを尋ねた。僕の持っているガイドブックにはホテル情報は詳しくなく、おまけに安宿しか載っていない(当時はまだヨルダン・シリアの詳しい日本語のガイドブックがなかった)。ここは奮発してゆっくり休めるホテルに入るほうが得策だろうと思った。 こちらは必死に震えをこらえながら尋ねているのだが、震えははっきりとわかるらしく、見かねた一行の一人が、現地の駐在員にホテルと医者のことをを頼んであげると言ってくれた。 幸い飛行機はすいていた。トイレに近い後部の通路側の席にすわり、客室乗務員に気分の悪い旨を伝え、毛布を頼むと、すぐまた来て「何か飲みたくないか」と聞くので紅茶を頼んだ。脱水症状はひどいが、砂糖をたっぷりと入れた紅茶で、水分だけでなく、少しでもカロリーを補給しようというわけだ。トイレの近くの席だから、すぐ駆け込む状態になってもなんとかなるだろう。熱い紅茶がのどにしみてうまい。 この後、下痢はおさまっていった。残るは熱だけだが、計ってみると、予想通り39度を超えていた。少々ショックを受ける高さだ。毛布のおかげでひどい寒気はおさまり、アンマンのアリア空港に到着する頃には体のほてりに変わっていた。何とかなりそうだが、やはり無理はすまい。 日本人ビジネスマン一行の後ろについて入国手続きを済ませ、現地駐在員の車でマリオット・ホテルに着いた(この時はマリオットが世界的なホテルチェーンであることを知らなかった)。チェックインの際、一行の一人がホテルのレセプションで、「彼も日商岩井の社員です」と僕のことを伝えてくれた。これで彼らと同じ料金で泊れることになった。一般料金だと4割増し位だという。それにしても一泊いくらなのだろうか? 日商岩井の人たちはチェックインを済ますと、打ち合わせだとかいってラウンジに行ってしまったし、僕も日商岩井の社員ということになっているのだから料金は知っているはずだし、料金は会社持ちなのだから、「いくらですか」などと尋ねるのはまずい。まあ仕方ない、カードで払えばいいと腹をくくって、チェックインをして、フロントに「具合が悪いので医者をお願いしたい」と告げた。 偽物社員の僕は、ラウンジに行って「日商岩井」の彼らにお礼を言って部屋に入った。 ベッドに横になるとほどなく、医者から電話がかかってきた。すぐに来るという。診察は非常に簡単に済んだ。下痢・おう吐・熱の情況を聞いて(どうやって病状を医者に伝えたのかと思われるかもしれない。「熱」という英語は知っているが、「下痢」とか「おう吐」などという英語は知らない。しかし、ガイドブックにはそれらのアラビア語がちゃんとのっていた。もしのっていなくても、身振り手振りで何とかなってなっただろう)、聴診器をあて、手で腹のあたりを押しておしまい。そして、「もし夜になっても良くならなかったら、この薬をホテルの人に頼んで買ってきてもらいなさい」と処方箋を書いてくれた。5分くらいしかかからなかったと思うが、30ディナール(約7000円)もとられた。 医者を見送って、持参の解熱用の坐薬を入れて、肩まで毛布をかける。 軽い眠りに落ちようととしたころ、誰かが部屋をノックした。ドアのレンズからのぞくとボーイが紅茶だろうか、お盆を持って立っている。ドアをあけて「頼んでいない」というと、カードをみせてくれた。「Get Well Soon(はやく良くなってください)」と書いてある。フロントからの差し入れだった。さすが高級ホテルだ。 紅茶を飲んで、さあ本格的に眠るぞと横になると、そこへまた電話。フロントからだった。 「医者は行きましたね」 「はい、それで今休んでいます。医者は夜になってもよくならなかったら……」と言いかけると、「フロントに電話してください」と言ってくれた。薬の件も伝わっているらしい。当たり前のことだと思うが、これが高級ホテルのサービスというものなんだと感心しながら目を閉じた。 その後、僕は比較的深い眠りに落ちていた。電話が来てから4時間くらいたっていただろうか。目を覚ますと、もう7時をすぎていた。フロントに電話をしなくては、と思い熱をはかると、36度台に下がっていた。下痢も大丈夫そうだし、これで薬を頼む必要がなくなったようだ。カロリーメイトをかじって夕食とする。 部屋のドアには朝食のオーダー用の札があって、朝5時までに書いてドアノブに下げておけば、朝食のルームサービスが受けられるらしい。パンケーキ・フレッシュオレンジジュース・レンモンティーのセットの部分をチェックしてドアノブにかけてまた寝た。 |
