JR千歳線のダイヤ
大雪の影響で飛行機利用者が新千歳空港から出られず大変なことになったことを、先日書いた。
で、あらためてJR千歳線のダイヤを見てみたら、かなり複雑なものになっていることに気が付いた。新千歳空港を利用する際、いつもは基本快速エアポートの時刻を見て家を出るし、帰りもほぼ快速エアポートに乗車している。行きは"この列車"とめがけていくので前後の列車のことはあまり考えず、帰りは飛行機の到着時刻がまちまちなので、その時乗れる列車に乗る。その際、電光掲示板で次の列車の時刻もチラッと見るのだが、ほぼ決まって12分後だったので(たまたまそういうことが多かった)、12分に1本(1時間5本)というのが基本と思っていたが、ちゃんと調べてみると1時間6本走っており、快速とたまに使う特別快速に加えて、区間快速の3種類の快速エアポートが走っている。区間快速は日中に走っている便で、飛行機に乗るのは基本朝か夜なので、区間快速はたぶんほとんど利用したことがない。
このような運行体制は2024年からのことで、その際快速が増便されて(1時間に1本の増便)、その結果、停車する列車が減った駅がいくつかあるということを、今回調べてみて認識することができた。
ひどいのは新札幌から一つ札幌よりの平和と新札幌から一つ新千歳よりの上野幌。この2駅は日中は何と1時間に2本しか停車しない(通勤通学の時間帯についての詳細は調べていません)。2024年のダイヤ改正前は3本の列車が停車していたので、利用者にとってはかなりひどいダイヤ改悪ではないか?
"大都市"札幌圏の駅で1時間に2本しかとまらない。ちょっとひどくないですか、という感じ。たしかに両駅は利用者が少なそうだが。ちなみに、白石と苗穂も停車する列車がたぶん1時間に1本は減っていると思う。両駅は函館本線の各駅停車が停車するので札幌駅との行き来が目的の場合受ける不利益は小さいが(夜遅い時間帯は快速エアポートは白石にも停車する-函館本線の江別・岩見沢方面への乗り換え客の便宜を図ってのことと思う)。
新千歳空港利用者の利便性を高めるため、途中駅の利用者の利便性を犠牲にしたというわけだ。
赤字に苦しむJR北海道としては飛行機利用者の便宜をはかり収入増につなげたいのだろうが、沿線住民の利便性を減少させてもやるべきことだったのだろうか?(一応区間快速という列車を設けて北広島~千歳の快速のとまらない駅に停車する列車の本数は維持したようだが)。
早朝には札幌と新千歳とを結ぶ各駅停車が走っているのだが、それを日中に走らせることができないのだろうか? 各駅停車だとバスに負ける、そして収入が減るということなのだろうか? しかし、公共の交通機関としてどうなのだろうか? それに新千歳と札幌都心を結ぶバスの所用時間はかなり長く、各駅停車でもけっこう対抗できると思う(各駅停車の方がたぶんかなり早い)。
ところで、先日といい今日といいJR北海道を批判する記事を書いているが、JR北海道を増収ばかりを考えざるをえない状況に追い込んだ背景も考えなければいけないと思っている。そんな状況におかれていることが、除雪は早く完了できるはずという甘い見通し(希望的観測)につながり(思考が収入源を最小限にとどめるという方向にしか向かわず)、それを受けて航空各社は欠航とかの措置はとらず、それが先日多くの飛行機利用者の空港缶詰めという事態を引き起こしたのではあるまいか?
JR北海道の責任が重いのはいうまでもないが、何としても利益を出せ、というこの国の公共交通政策の在り方・傾向が問題の根本にあるのではないかと思えて仕方がない。
新千歳空港で7000人もの人が缶詰め状態とのニュースを見て思ったこと
昔、成田~ロンドン(ヒースロー)~アテネと飛んだ際(ヒースローでは同日乗り継ぎのスケジュール)、ロンドン到着後、空港がIRAの攻撃を受け閉鎖。ヒースロー発の便は当然のことながらすべてキャンセル。ということで、空港泊を余儀なくされたことがある。どんな状態で一夜を明かしたのかはすっかり忘れてしまったが、乗り継ぎ便がキャンセルされてしまったので、いったんイギリス入国という形になったことは旅行記に書いた。幸い、その時は攻撃の影響は軽かったようで、翌日、航空機の運航が再開され、奇跡的だと思うが、乗り継ぎの席の確保もスムーズに進みことなきを得た。大雪の影響でJR、空港連絡バスが運休になった結果、新千歳空港で多くの人たちが一晩を過ごしたというニュースを見てそんなことを思い出した。
で、本題はここから。
はっきりいって新千歳~札幌間の交通は脆弱きわまりないし、発着便が増えた現在、新千歳空港は冬季においてはキャパがギリギリになっているのではないか。
まず、後者だが、発着便が多くなり、降雪があるとすぐに大幅な遅延が発生する。降雪時は2本ある滑走路の1本を閉鎖して除雪、1本の滑走路でやりくりするのだが、発着便が多くなりすぎて追い付かない感じ(凍結防止剤というのだろうか、それの翼への散布というのもあり、これには有効時間があってそれを超えるとやりなおしになるということもある)。そんな状況なのにオーストラリアやカナダからの直行便が飛ぶことになったようだ(いつからなのかは覚えていないが冬の北海道観光、特にスキー客の需要を見込んでいるよう)。両方とも週3便らしいからそんなに大幅な増便ではないが。そして北海道エアポートはさらに海外からの便の誘致を進めたいようだ。
ということで空港利用者はどんどん増加しているのだが、新千歳空港と札幌を結ぶJRの千歳線というのが、航空機利用者の増大に応えられるとは思えないほど貧弱だ。千歳線が整備された段階で将来の交通についてきちんと考えなかったとしか思えない。
千歳線は複線だが、そこに空港とを結ぶエアポートという快速列車のみならず、普通列車、函館・室蘭、釧路・帯広と札幌とを結ぶ特急、さらに貨物も走っており過密状態。おまけに、多くの駅のホームが2面で、各駅停車が特急などの通過待ちができる駅が少ない。したがって現在1時間に5便走っている快速エアポート(一部特別快速というのもある)はこれ以上便数を増やす余裕はなく、新千歳空港駅のホームの長さの関係で列車の連結数を増やすこともできない。ということで到着便の多い時間帯はそれなりに混雑しており、長時間フライト後の海外からの乗客にとっては居住性が悪く札幌までの道のりはかなり苦行なのではないか?
まあ、このことは今回のJRの運休によって新千歳空港を出られなくなった大量の人々とそんなに関係がないと思うが。
しかし、JRが運休となり、高速道路の閉鎖により空港バスも運休するという状態で、なぜ航空会社は乗客を新千歳空港に運び続けたのだろうか? 今日の道新によると、JRの見込みが甘く、25日(大雪が降った日)14時半の段階で18時くらいには除雪が完了するであろうという情報を空港に出しており、それならばということで航空会社も飛行機を欠航とはせず飛ばし続けたらしい(実は新千歳空港の気候はどちらかというと苫小牧など太平洋側の都市と同じで雪が少なく、札幌と較べると大雪に降られることは少ない。この日もダイヤは乱れたようだが、飛行機が運航できる状態ではあった)。
しかし、25日の札幌の雪の降り方は半端なくJRの見込みは、当日札幌の雪の降り方を見ていたものならば誰もが甘すぎだというだろう。どうも最悪を想定できない体質らしい。JR北海道は赤字で苦しんでいる会社なのでドル箱の快速エアポートの運行を早く再開させたいと思ったのだろうが。JRが今日は「もう無理」と早目に判断していて、その情報を素早く航空各社に伝えていて欠航という判断がくだされていたならば、7000人もの人が空港で一夜を過ごすことにはならなかっただろう。
JRの見込みはまったく甘く除雪は進まなかった。どうやら札幌市内に入ってからのポイントの除雪にかなり手間取ったらしい。直線部分であれば除雪用の車両が使えるようなのだが、ポイント切り替えの箇所はデリケートなので人力に頼るしかないらしく、それでなかなか作業が進捗しなかったようだ。
ならば、人力の頼る割合の低そうな(素人考え)新千歳空港ー新札幌間を復旧させて(ほぼずっと単純な複線)、その区間の折り返し運転ができないものかとの考えが浮かぶ(新札幌まで来ればそこから地下鉄が利用できる)。そういうことを検討したのだろうか? それともそもそもそういうことを想定した設備的なものがないのか(信号とか、ポイントとか)。
しかし、今回は大雪でひどいことになったが、そこそこ大雪になると除雪のための運休とかは出るし、新千歳はキャパぎりぎりという感じで運営しており、ちょっとの降雪で遅延・欠航続出なので(ニュースなどで大々的には報じられないが)、冬季の航空機を利用した本州などと新千歳空港との行き来は、それなりの覚悟を持って行わなければならないと思っている。自分の場合、冬季に新千歳空港を利用する場合、天気予報とにらめっこ状態である。それでもひどい目にあったことは何度かある(幸い空港泊ということはないが、新千歳に着陸できず羽田引き返しとか、JRに変更ということはある)。
ちなみに旭川空港は、たぶん航空機の発着回数がそれほど多くないからだと思うが、除雪で滑走路が閉鎖になる時間があっても、意外と欠航便はでないらしい。
先日の内閣府公用車が起こした事故(9人死傷)の原因は?
先日、内閣府公用車が信号無視により9人が死傷するという多重事故をおこした。
報道によると法定速度を上回っていたようだが、問題は赤信号に変わって1分以上たってから交差点に進入したとみられるということ。つまり、先を急いで信号の変わり際に突っ込んでいったというわけではないということ(そういう運転は大問題だが)。
先日ここに書いたばかりだが、原因は新型コロナが原因のブレインフォグではないのか?
しかし、日本では新型コロナの検査はほとんどされなくなってしまったので、運転手の感染履歴はわからず、原因不明の体調の異変とか結論付けられそう。
この先、この手の事故が増えていかなければよいが。
1日に2度の雪かき
今日は久しぶりで1日に2度の雪かきをした。
実家が北向きのせいもあって家の前の積雪が多くなりがちなのだけれど(風にのってたまってゆき)、今日は9時すぎの段階で30センチくらい積もっていて、止む気配がまったくなくほおっておいたら後が大変ということで、1時間近くかかけて1回目の雪かき。
その後もかなり強い雪が続き、4時ころ、やんできたようなので外に出てみると30センチくらい積もっており絶望。嘆いていても仕方がないので再び1時間弱の雪かき。
玄関から道路までの細い通路をあけるだけならば、10~15分もあれば済むのだろうが、家の間口の7割くらいあけるようにしているのでけっこう大変。母がいた時は何かの緊急事態に備えて家の前に車が止まれる場所を常に用意しておくため広い範囲の雪かきをしていたのだが、そのお蔭でお隣さんの雪かきとあわせて車のすれ違いスペースが確保できいてけっこう役にたっているみたい。ということで母が亡くなった後も広い範囲の雪かきを継続している。スノーダンプで雪を運ぶスロープを作ることが出来るスペースがあれば1時間も作業する必要はないと思うが、そうしたスペースがないので、スノーダンプで雪を移動させて、それを雪かき用のスコップで投げて積み上げていかねばならず、降雪の多いときはかなりの時間を要してしまうのだ(10センチくらいの雪だとなんていうことはないのだが)。
今日は冷え込んでいて雪が軽かったのでまだよかったが、少し気温が高めのときに今日くらいの降雪量があったらけっこう厳しいと思う。
まだ雪かきに耐える体力があるからよいが、きつくなってきたら本格的に実家仕舞いを考えなければならないと思う。
新型コロナの後遺症(長期障害)に関する自分の関心事はやはり脳への影響
新型コロナウイルス感染症の後遺症(長期障害)については様々なものがあり、免疫への悪影響というのは間違いないといってよいほど研究があるらしい。
免疫への悪影響も関心があるが、自分の最大の関心事は脳への影響(独力で生活できない脳の状態になるのは絶対避けねばならないので)。
『サイエンス・ダイレクト』(オランダの大手出版社エルゼビア社が提供する、科学・技術・医学・社会科学分野の世界最大級の学術文献フルテキストデータベース)にのせられたレヴューによると「ロングコヴィッドの疲労・無気力・実行機能低下は心理反応ではなく、脳損傷の結果の可能性。コロナウイルスがアストロサイトに直接感染し、海馬で神経変性と神経新生障害を引き起こす可能性」とのこと。
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0022395626000075
例によってわかりにくい内容だが、決して楽観できないということだけはわかる。
ちなみにアストロサイトとはwebの「脳科学事典」によると次の通り。
「アストロサイトは神経系の細胞であるグリア細胞の一種で、ニューロンを取り囲んでおり、神経回路を調節する。アストロサイトは以前は神経細胞から放出された伝達物質を回収するなど神経回路の補助的役割とされていたが、2000年以降、アストロサイトが伝達物質グリオトランスミッターを放出し神経回路を制御する報告が多くなるにつれ、より主体的に神経回路を調節すると考えられている。」
ちなみに、新型コロナ感染症の後遺症(長期障害)としてはブレインフォグというものがあるというのも諸研究によりわかっているようだ(ブレインフォグの原因は新型コロナ以外にも色々あるようだが)。去年、北海道新幹線が青函トンネルを通過中、運転士がボーっとしたのか、意識が低下したのか、極端に速度をさげてしまい車掌が気づいてそれを運転手に伝えて、速度を回復したということが起きた。もし、この状態が高速バスなどで起きたらどうなるか? レールはないので直進できず、大事故が起こったかもしれない。なぜ運転中にそのようなことがおこったのか? 続報はないようだ。まあ、急に意識が遠のいたとかのレベルのことはわかってもその原因はわからず、ましてや新型コロナの影響か否かなどはわからないだろう。
前にも書いたかもしれないが、去年、札幌市内では車が電柱に衝突するという事故が何件が起きている。降雪時期でもなく、急カーブでもない。わき見運転とかの可能性もありえるが、ブレインフォグではなかったのか? 繰り返すがブレインフォグの原因は新型コロナ以外もあるので、例え事故の原因がブレインフォグであっても、即新型コロナと直結させて論じることはできないのはゆうまでもないが、あまりに無関心でいてよいものでもないと思う。
張掖で出会った蘭州大学の学生さん
前の投稿で、1991年夏、張掖(ちょうえき)という街に行ったことを書いた。
張掖訪問の目的はマルコ・ポーロも見たであろう大涅槃仏を見ること(マルコ・ポーロは張掖に滞在している)。
ウルムチからの列車で張掖に着いてすぐに一人の若い中国人に声をかけられた。
後から夏休みで帰省中の蘭州大学の学生であることがわかった(楊くん)。
とても親切にしてもらい、張掖の街を案内してもらい(もちろん涅槃仏も)、昼食を御馳走になり、さらには楊くんの実家で彼の母親手作りの夕食まで御馳走になった。
ちょうどこの日は彼が蘭州に戻る日で、その日の夜行列車で一緒に蘭州へ向かった。
蘭州に着いた後も色々と世話になった。
まず、蘭州大学の寮(だと思う)に連れていかれた。ずいぶん昔のことなので記憶はかなり薄れているが、最初に入った場所は寮の台所みたいな場所で、入ると唐辛子の強烈な香りにむせてしまったのを鮮明に覚えている。ラー油を作っていたようで、ちょうど唐辛子に熱した油をかけた時だっと思う。
その作業をしていたのは寮の料理人ではなく、彼の指導教官だった(と思う)。
楊くんは僕のことを指導教官に日本からの旅行者だと紹介した。しかし、紹介するだけではなく、何とその後、指導教官も一緒になって蘭州から北京への航空券の手配だとか、蘭州からの炳霊寺ツアーの手配などに力を貸してくれた。かなり濃密な時間をすごしたわけだけれど、中国ではこれに近い交流を何回か経験した。中国には何度も訪れているが、"人が好い"、これが中国旅行で感じた中国の印象の一つである。
NHK『地球鉄道』を見て~張掖、嘉峪関
NHKのBSとBSプレミアム4Kでユーラシア大陸を鉄道で横断する『地球鉄道』という番組が放映されている。
昨日のBSで放送されたのは、中国甘粛省を西へ向かう旅程で、張掖(ちょうえき)や嘉峪関を訪れるものだった。
張掖には1991年夏、嘉峪関には1987年夏に訪れているが、現在はどんな感じになっているかとても興味を持ちつつ視聴した。
当たり前といえば当たり前だが、手元にある当時の写真とはまったく雰囲気が変わっていた。

上の写真は1991年の張掖。

上の写真は1987年夏、蘭新線を走る列車の車中から撮った嘉峪関。昨日の放送で見た景色はまったく変わっていて、長城(画面左から中央にかけて見える少し高くなっている土塁みたいなところ)の右側は灌漑をほどこしたのか緑が豊かになっていた。また、嘉峪関の左側には巨大な発電所施設が見えてちょっと興ざめな風景になっていた。

上の写真は嘉峪関(明代の長城の最西端)から見た長城と祁連山脈。実はこの時SLが走っていくという幸運にめぐまれたのだが、何とフィルム切れで写真を撮ることができなかった(予備のフィルムをホテルにおいてくるという大失策をおかしてしまった)。