インフルエンザでは大騒ぎするのに、新型コロナは最早終わったものの如くされている不思議
現在、インフルエンザのB型が猛威をふるっているらしく、テレビなどでも盛んに注意を呼び掛けている。
しかし、インフルエンザが流行すると大騒ぎするのに、新型コロナについては、まるで禁句であるかのようにほとんど触れらることがない。
5日にアップされた『時事メディカル』に、東京都内のクリニックの院長でテレビなどでもしばしばみかける伊藤博道氏の談話をもとにした記事『新型コロナ、後断たぬ後遺症~「普通の風邪とは思えない」』が掲載されたが、そのなかに次のような記述がある。
「(新型コロナの)死者数が高止まりしていることも忘れてはいけない。厚生労働省の人口動態統計によると、2024年の死者数はインフルエンザ約2900人に対し、コロナは12倍高い約3万6000人だった。多くは65歳以上の高齢者だ。伊藤氏は「死者がこれだけいるのに、多くの人がインフルエンザだけを警戒するのはなぜなのか」と疑問を投げ掛ける。」
まったくその通りだと思う。
伊藤医師の言うことには基本賛同できるのだが、1つとても残念な点がある。予防の重要性を説いてはいるものの、マスクについては「感染リスクが高いときのみに着用すれば十分」としている点だ。
「感染リスクが高いとき」がどのような状況をさしているのかは不明だが、「マスクの着用」を積極的に薦めていないところが、かなり残念な点だ。伊藤医師の談話のままなのか、記者が文章にまとめる際にこうなったのか?
新型コロナについても、インフルエンザについてもマスクの着用がその感染拡大抑止に効果的であることは明らかであるのに、どうも「新型コロナ」の言葉と同様、「マスク」の着用を勧めることは憚られる空気のようなものがあると感じでいる。
北海道の情報番組でインフルエンザの流行期によくインタビューされる医師がいて、映像のなかでは対策として「マスクの着用」にも触れていたのに、アナウンサーが読む原稿が「うがい、手洗い」だけになってしまうこともある。
上記の記事はそれと同じような感じなのだろうか?
しかし、もし、新型コロナの後遺症の恐れを説いておきながら、マスク着用のことを本気で重視していないならば、ちょっと医師としては信用できない。(ということでマスク着用を求めなくなった病院・クリニックは信用できないので基本かからないようにしている)
新型コロナにせよ、インフルエンザにせよ、飛沫や空気中に漂うウイルス(空気中に粒子にくっついて漂っている)により感染が拡大する。マスクは静電気を帯びており、そこにウイルスが吸着されてウイルスの広がりを防ぐ。ウイルスを吸い込まなければよいのだから、こうして物理的に感染者によるウイルスの空気中への拡散と、非感染者の体内への侵入を止めてしまうのはとても有効な手段のはずである。
多くの医師はそれがわかっているので、来院者にマスクの着用を求めているのだが、それを求めない医師は科学的ではないと思う(もしかするとマスクを忌避する世の中のムード、空気を感じとってのことかもしれないが)。
話は変わるが、医師は必ずしも科学的ではないと感じることを経験している。
以前、原因不明のめまいに悩まされたときのことである。
街のクリニックの紹介でかかった東京の某病院の医師に素朴な質問として「何かほかに原因は考えられませんか」と尋ねたところ、突然、えらく機嫌を損ねてしまった。そのとき、その医師がなぜそういう態度をとったのか、まったく理解できなかったが、さっぱり体調が改善されないので、わらにもすがる思いで札幌の七戸さんという内科医の診察をうけて、なるほどと思った。
七戸先生(すでに亡くなられてしまった)は、体内に遺伝子の形で潜んでいた水ぼうそうウイルスが免疫の低下など何かの原因で再活性化した際に平衡感覚をつかさどる三半規管などで悪さをしてめまい症状が引き起こされるのではと考え、試しに患者に抗ウイルス薬を投与してみたところ、かなりの確率で症状が改善されたことを学会などで報告した。しかし、耳鼻科学会からはまったく相手にされなかった(というか批判されていたんだったか? 先生は「私の治療方法でめまいがなおっちゃうと耳鼻科学会としては困っちゃうんだろうねえ」という感じのことも話されていた)。しかし、実際には抗ウイルス薬は効き、その評判は海外にも広がっていた。もし、日本の耳鼻科学会が"科学"を重視するならば、何等かの形で研究にのりだしてよいはずだが(その後、年月を経てめまいの原因としてウイルスも考えられるという説がある程度認められるようになった感じだが-この辺、最近の状況を詳しく調べていないので断言できません)。
七戸先生の診察をうけ、東京の某病院で耳鼻科医が突然機嫌を損ねたのはそういうことだったのかと合点した。つまり、めまいの専門でもない内科医が抗ウイルス薬を使ってめまい治療をおこない、しまも成果をあげていることを快く思っておらず、それで「何かほかの原因」を訪ねた際、ウイルスのことを言っているのか?と勝手に解釈して機嫌を損ねたのだろうと思ったのだ。
七戸先生のところに来ていた他の患者さんからだったと思うが、こういうことも聞いた。耳鼻科で長く治療を受けてもさっぱりよくならないので、しまいに医師は「精神的なもの」と言い出したと。原因がわからないと神経の問題、精神的な問題としてしまう医師がいるのだということを、この時初めて知った。ただ、病気によっては、神経、精神に問題があるということがまったくないわけではなく、安定剤の使用によって症状が改善されることもあるようなので、精神を疑った医師を一方的に攻めることはできないが。
男女共学の開始~対面式の異常な興奮~(母の遺品のなかにあった同窓会で配布された印刷物)
母は何でも保存しておく人で、その中に高校の同窓会の際に作られた印刷物があった。
その中に男女共学が開始された際のことを当時の教員が回顧して記した文章があり、とても興味深いものだったので記しておくことにした。
「男女共学の開始~対面式の異常な興奮~
当時、○○には○○高等学校のほかに○○女子高等学校があった。...昭和二十五年四月七日は男女高等学校が一つに統合され、対面式を行った日である。場所は現在の古びた体育館。生徒はどんな気持ちだったのだろうか。画期的な新しいスタートなのである。
まず男子生徒が講壇に向かって山手側半分に位置を占めた。それから女子生徒が恐る恐るという様子で入場して来た。男子の此処彼処から拍手やら、獣の吠え声とも思われる歓迎の叫び声が起こった。女子は一層縮み上がったようにみえた。これから男子と女子が向かい合って挨拶を交わすのである。指揮をしたのは○□先生。向かい合うための号令は「右左向け、おい」である。やがて先生の力強い号令はかけられた。そしてお互い向かいあった。その時、隊列はぐらぐらと崩れてしまった。女子はその場から動かなかったけれど、男子はずるずると後ずさりしてしまった。ほんとに後ずさりしたのは女子ではなく男子生徒であった。先ほど獣のような吠え声をあげた男子の姿であった。
あの時の光景を僕は忘れることができない。教室でも男子が女子に乱暴を働くということはなかった。女子は悠々とし、伸び伸びと暮らしており、むしろ時には元気のいい男子にも指令しているものもいた。このようにして共学は出発したのである。」
※1947年3月、6・3・3・4制の新学制を定めた学校教育法が制定され、旧制度による中学校と高等女学校は1948年から高等学校と女子高等学校に移行(母が住んでいた北海道の地方都市ではそうだが、全国が皆同じスケジュールだったのかは調べていないのでわからない)。そして1950年に高等学校(男子高)と女子高等学校が合併した(全国で同じスケジュールで実施されたのかは調べていないのでわからない。また、共学が実施されず男子高、女子高が続いた場所もある)。
一般国民の生活を改善できない政権がずっと選ばれ続けているのはどうしてなのだろうか?
この30年あまりの間、先進諸国のなかで国民所得が伸びない国はほぼ日本だけという状況が続いているのにもかかわらず、政権がほぼ変わらない(ほんの少しの間を除いて)、つまり選挙で国民が自民党を中心とする政権を選択し続けるのは不思議なことだと思う。
まあ、生活がよくならなくなって10年くらいまでならば、政権が変わるほどまでに国民の意識がどっと変わることがないのは理解できる(ちょっと生活苦を耐えすぎと思うが)。しかし、2000年代以降、経済成長はしない、所得が増えないどころか減少する人が増えて格差が拡大していき、客観的に見て何とかしなけらばならない状態だったのにもかかわらず、ほんの一時民主党が政権をとった以外、国民はやはり自民党中心の政権を選び続けた。なぜだ? 詳しい人教えてくださいという感じ。たぶん政治学者や社会学者の研究を探せば、そうした視点の研究はあるのだろうが(なかったら研究者は何をしてる?!、という感じ)、ちょっと個人的に考えてみた。もちろん全然実証的ではなく単なる印象だが、いつか上記のような視点の論考とかを読んだ時に、あの時思ったことは、あの点は当たっていて、この点はまったく的外れでとか考える材料とすべく書き記しておきたいと思う。
で、今思っていることは2点。
一つは所得の再分配のこと。
中学校の公民だったか、高校の政治経済だったか忘れたが、税には所得の再分配機能があると学んだ。資本主義経済のもとでは、所得の格差が生まれることは不可避なのはいうまでもない。しかし、所得の多い人からより多くの税を徴収し、少ない人からは少なく徴収。そうして集めたお金をいかに使用すれば最大多数が幸福になることができるか政治が考え決めて行政が使う。現状、経済的格差が広がり生活が苦しい人々がどんどん増大しており、そういう階層の助けになるよう予算を配分する(社会保障費とか教育費とか)、つまり所得の再分配を強化しなければならない状態だと思う(富裕層にも平等に予算を配分→例えば給食費を皆無料にする→低所得層ほど助かる)。所得の再分配の強化のためには所得税など直接税の累進課税の強化が必要なはずだが、所得税の累進課税の強化、法人課税の強化を主張する政党はごくわずか。所得の再分配強化を必要としている人がとても多いのになぜそうなのか。その答えのヒントとなるようなものを、先週、「報道特集」で目にした。夕食の支度中でじっくり見ることができなかったのだが、ある研究者(チラッと見ただけなので名前までは覚えていません)が「所得の再分配を必要とするような層が選挙にいかない」「諦めがある」というようなことを言っていたか? 逆に「格差を是認する層のほうが選挙に行く」とも。所得の再分配を強化するような政策を唱えても票にならないのだろうか? そういえば2000年代に入って投票率がどんどん下がっているようだが、所得の再分配を必要とする層の増大と軌を一にしているのだろうか?
もう一つは中国や韓国を嫌う人々の存在(特に中国)。非自民政権が実現して日中友好関係が発展するのは許せないという人々が一定数いて、そうした人々は何としても選挙に行くので、投票率が下がるなか自民党政権を安定的に存続させた面があるように思う。そして首相の台湾有事に関する発言で日中関係が悪化するなか対中強硬姿勢を評価する人が多く存在することが顕在化したことに驚きを隠せない。日本人の中にある嫌中観(感?)は何なのか? 日本がどんどん勢いを失っている一方、中国は国力を伸張させブイブイいわせていて何なんだという、ある種の嫉妬のようなものがあるのか? そうした一部の国民の心持ちが今回の選挙に影響を与えるのだろうか? 冷静に考えれば彼我の国力の差は明らかで、うまく付き合っていくしかないのはわかるはずなのだが。
ところで、話は変わるが、中世までは中国を文化的先進地として憧れや尊敬の念を持ってみていたのにもかかわらず、明治以降、日本が中国に対して優越するというか、もっというと中国を蔑視する感覚が広まっていった契機が何なのか気になって、随分前に調べたことがある。色々な説があるのだと思うが、一つの要因は豊臣秀吉の朝鮮出兵らしい。秀吉は日本中心の東アジア国際秩序の構築をめざし明国の征服を企図し、その先導を朝鮮に要求して断られたので出兵に及んだのだが、これが中国蔑視感(とてもいうのであろうか)への転換の契機(の一つ)であるらしい(参考にした論文名は忘れたが、図書館に行けばそれが所収された書籍は見つけられると思うので機会があったら再読してみたい)。秀吉の朝鮮出兵以来醸成された中国蔑視観は明治期以降の日本の中国進出に影響を与えていると思うし(経済的面に加えて日本がアジアの盟主であるべきという感覚)、そうした戦前の日本のあり方に郷愁をいだく層も存在していて、現在の嫌中勢力の一部をなしているのではないか(少数派だと思うが政治・思想をリードする層にはそのような感覚を持つものがいるという印象-あくまで印象-である)。
真冬の新千歳空港の風景
2月3日、いくつかの所用をこなすため北海道と東京を日帰り往復してきた。
この日でなければならないという所用ではないので、悪天候などのため行けなくても仕方がないと思っていたが、あまり長期間ほったらかしにしておくと東京の家の郵便受けがポスティングのためえらいことになるし、冬季はその心配は少ないものの排水管のたまり水の蒸発によって下水管からの悪臭が部屋に流れてしまう恐れもある。ということで、この週のどこかで上京しようと考え、荒天の日を避けるため、株主割引券を利用して複数の日程で航空券を購入した。天候のせいでスムーズに移動できない可能性がある場合、その日程の航空券は3月以降の適当な日に変更するつもりで。
冬季にはよくこの作戦をとり、結果的に予定変更をする必要がなかった、ということがしばしばなのだが、今回は天候の悪い日が続き、特に札幌圏の大雪の影響で空港とのアクセスがかなり悪くなったのでとても有効だった。
JRは除雪作業のためか、この日も間引き運転を実施していたが、大きな混乱もなく空港に到着。
天気の良い日を選んで出かけたので良い景色も見られた。

上の写真は朝7時すぎの新千歳空港。こんな朝日を見ることができた。

上の写真は離陸直前に撮ったもの。冬季は北向きに離陸することが多いのだけれど、この日は微風ではあるが南風なので空港ビルや樽前山を見ながらの離陸となった。

上の写真は離陸直後に撮ったもの。
JR千歳線のダイヤ
大雪の影響で飛行機利用者が新千歳空港から出られず大変なことになったことを、先日書いた。
で、あらためてJR千歳線のダイヤを見てみたら、かなり複雑なものになっていることに気が付いた。新千歳空港を利用する際、いつもは基本快速エアポートの時刻を見て家を出るし、帰りもほぼ快速エアポートに乗車している。行きは"この列車"とめがけていくので前後の列車のことはあまり考えず、帰りは飛行機の到着時刻がまちまちなので、その時乗れる列車に乗る。その際、電光掲示板で次の列車の時刻もチラッと見るのだが、ほぼ決まって12分後だったので(たまたまそういうことが多かった)、12分に1本(1時間5本)というのが基本と思っていたが、ちゃんと調べてみると1時間6本走っており、快速とたまに使う特別快速に加えて、区間快速の3種類の快速エアポートが走っている。区間快速は日中に走っている便で、飛行機に乗るのは基本朝か夜なので、区間快速はたぶんほとんど利用したことがない。
このような運行体制は2024年からのことで、その際快速が増便されて(1時間に1本の増便)、その結果、停車する列車が減った駅がいくつかあるということを、今回調べてみて認識することができた。
ひどいのは新札幌から一つ札幌よりの平和と新札幌から一つ新千歳よりの上野幌。この2駅は日中は何と1時間に2本しか停車しない(通勤通学の時間帯についての詳細は調べていません)。2024年のダイヤ改正前は3本の列車が停車していたので、利用者にとってはかなりひどいダイヤ改悪ではないか?
"大都市"札幌圏の駅で1時間に2本しかとまらない。ちょっとひどくないですか、という感じ。たしかに両駅は利用者が少なそうだが。ちなみに、白石と苗穂も停車する列車がたぶん1時間に1本は減っていると思う。両駅は函館本線の各駅停車が停車するので札幌駅との行き来が目的の場合受ける不利益は小さいが(夜遅い時間帯は快速エアポートは白石にも停車する-函館本線の江別・岩見沢方面への乗り換え客の便宜を図ってのことと思う)。
新千歳空港利用者の利便性を高めるため、途中駅の利用者の利便性を犠牲にしたというわけだ。
赤字に苦しむJR北海道としては飛行機利用者の便宜をはかり収入増につなげたいのだろうが、沿線住民の利便性を減少させてもやるべきことだったのだろうか?(一応区間快速という列車を設けて北広島~千歳の快速のとまらない駅に停車する列車の本数は維持したようだが)。
早朝には札幌と新千歳とを結ぶ各駅停車が走っているのだが、それを日中に走らせることができないのだろうか? 各駅停車だとバスに負ける、そして収入が減るということなのだろうか? しかし、公共の交通機関としてどうなのだろうか? それに新千歳と札幌都心を結ぶバスの所用時間はかなり長く、各駅停車でもけっこう対抗できると思う(各駅停車の方がたぶんかなり早い)。
ところで、先日といい今日といいJR北海道を批判する記事を書いているが、JR北海道を増収ばかりを考えざるをえない状況に追い込んだ背景も考えなければいけないと思っている。そんな状況におかれていることが、除雪は早く完了できるはずという甘い見通し(希望的観測)につながり(思考が収入源を最小限にとどめるという方向にしか向かわず)、それを受けて航空各社は欠航とかの措置はとらず、それが先日多くの飛行機利用者の空港缶詰めという事態を引き起こしたのではあるまいか?
JR北海道の責任が重いのはいうまでもないが、何としても利益を出せ、というこの国の公共交通政策の在り方・傾向が問題の根本にあるのではないかと思えて仕方がない。
新千歳空港で7000人もの人が缶詰め状態とのニュースを見て思ったこと
昔、成田~ロンドン(ヒースロー)~アテネと飛んだ際(ヒースローでは同日乗り継ぎのスケジュール)、ロンドン到着後、空港がIRAの攻撃を受け閉鎖。ヒースロー発の便は当然のことながらすべてキャンセル。ということで、空港泊を余儀なくされたことがある。どんな状態で一夜を明かしたのかはすっかり忘れてしまったが、乗り継ぎ便がキャンセルされてしまったので、いったんイギリス入国という形になったことは旅行記に書いた。幸い、その時は攻撃の影響は軽かったようで、翌日、航空機の運航が再開され、奇跡的だと思うが、乗り継ぎの席の確保もスムーズに進みことなきを得た。大雪の影響でJR、空港連絡バスが運休になった結果、新千歳空港で多くの人たちが一晩を過ごしたというニュースを見てそんなことを思い出した。
で、本題はここから。
はっきりいって新千歳~札幌間の交通は脆弱きわまりないし、発着便が増えた現在、新千歳空港は冬季においてはキャパがギリギリになっているのではないか。
まず、後者だが、発着便が多くなり、降雪があるとすぐに大幅な遅延が発生する。降雪時は2本ある滑走路の1本を閉鎖して除雪、1本の滑走路でやりくりするのだが、発着便が多くなりすぎて追い付かない感じ(凍結防止剤というのだろうか、それの翼への散布というのもあり、これには有効時間があってそれを超えるとやりなおしになるということもある)。そんな状況なのにオーストラリアやカナダからの直行便が飛ぶことになったようだ(いつからなのかは覚えていないが冬の北海道観光、特にスキー客の需要を見込んでいるよう)。両方とも週3便らしいからそんなに大幅な増便ではないが。そして北海道エアポートはさらに海外からの便の誘致を進めたいようだ。
ということで空港利用者はどんどん増加しているのだが、新千歳空港と札幌を結ぶJRの千歳線というのが、航空機利用者の増大に応えられるとは思えないほど貧弱だ。千歳線が整備された段階で将来の交通についてきちんと考えなかったとしか思えない。
千歳線は複線だが、そこに空港とを結ぶエアポートという快速列車のみならず、普通列車、函館・室蘭、釧路・帯広と札幌とを結ぶ特急、さらに貨物も走っており過密状態。おまけに、多くの駅のホームが2面で、各駅停車が特急などの通過待ちができる駅が少ない。したがって現在1時間に5便走っている快速エアポート(一部特別快速というのもある)はこれ以上便数を増やす余裕はなく、新千歳空港駅のホームの長さの関係で列車の連結数を増やすこともできない。ということで到着便の多い時間帯はそれなりに混雑しており、長時間フライト後の海外からの乗客にとっては居住性が悪く札幌までの道のりはかなり苦行なのではないか?
まあ、このことは今回のJRの運休によって新千歳空港を出られなくなった大量の人々とそんなに関係がないと思うが。
しかし、JRが運休となり、高速道路の閉鎖により空港バスも運休するという状態で、なぜ航空会社は乗客を新千歳空港に運び続けたのだろうか? 今日の道新によると、JRの見込みが甘く、25日(大雪が降った日)14時半の段階で18時くらいには除雪が完了するであろうという情報を空港に出しており、それならばということで航空会社も飛行機を欠航とはせず飛ばし続けたらしい(実は新千歳空港の気候はどちらかというと苫小牧など太平洋側の都市と同じで雪が少なく、札幌と較べると大雪に降られることは少ない。この日もダイヤは乱れたようだが、飛行機が運航できる状態ではあった)。
しかし、25日の札幌の雪の降り方は半端なくJRの見込みは、当日札幌の雪の降り方を見ていたものならば誰もが甘すぎだというだろう。どうも最悪を想定できない体質らしい。JR北海道は赤字で苦しんでいる会社なのでドル箱の快速エアポートの運行を早く再開させたいと思ったのだろうが。JRが今日は「もう無理」と早目に判断していて、その情報を素早く航空各社に伝えていて欠航という判断がくだされていたならば、7000人もの人が空港で一夜を過ごすことにはならなかっただろう。
JRの見込みはまったく甘く除雪は進まなかった。どうやら札幌市内に入ってからのポイントの除雪にかなり手間取ったらしい。直線部分であれば除雪用の車両が使えるようなのだが、ポイント切り替えの箇所はデリケートなので人力に頼るしかないらしく、それでなかなか作業が進捗しなかったようだ。
ならば、人力の頼る割合の低そうな(素人考え)新千歳空港ー新札幌間を復旧させて(ほぼずっと単純な複線)、その区間の折り返し運転ができないものかとの考えが浮かぶ(新札幌まで来ればそこから地下鉄が利用できる)。そういうことを検討したのだろうか? それともそもそもそういうことを想定した設備的なものがないのか(信号とか、ポイントとか)。
しかし、今回は大雪でひどいことになったが、そこそこ大雪になると除雪のための運休とかは出るし、新千歳はキャパぎりぎりという感じで運営しており、ちょっとの降雪で遅延・欠航続出なので(ニュースなどで大々的には報じられないが)、冬季の航空機を利用した本州などと新千歳空港との行き来は、それなりの覚悟を持って行わなければならないと思っている。自分の場合、冬季に新千歳空港を利用する場合、天気予報とにらめっこ状態である。それでもひどい目にあったことは何度かある(幸い空港泊ということはないが、新千歳に着陸できず羽田引き返しとか、JRに変更ということはある)。
ちなみに旭川空港は、たぶん航空機の発着回数がそれほど多くないからだと思うが、除雪で滑走路が閉鎖になる時間があっても、意外と欠航便はでないらしい。
先日の内閣府公用車が起こした事故(9人死傷)の原因は?
先日、内閣府公用車が信号無視により9人が死傷するという多重事故をおこした。
報道によると法定速度を上回っていたようだが、問題は赤信号に変わって1分以上たってから交差点に進入したとみられるということ。つまり、先を急いで信号の変わり際に突っ込んでいったというわけではないということ(そういう運転は大問題だが)。
先日ここに書いたばかりだが、原因は新型コロナが原因のブレインフォグではないのか?
しかし、日本では新型コロナの検査はほとんどされなくなってしまったので、運転手の感染履歴はわからず、原因不明の体調の異変とか結論付けられそう。
この先、この手の事故が増えていかなければよいが。